第79話 益荒男(ますらお)と手弱女(たおやめ)
口の悪いものは軍務省長官ヴァレリア・ベルモンド
「ただ権力のイスに座っているだけの女」
と
実際のところ、彼女は
彼女のこなす職務の九割は執務室でおこなわれる。
ほとんどが書類決済と騎士団長への個別指導だ。
先代の長官のように大軍の前に立ち、
やったところでかの貴婦人の体力では、
そんなわけで、ヴァレリア・ベルモンドというご婦人はバリバリの戦闘職人たちからはまるで人気がない。
命をかけて戦う
どうもその、
「気合がのらない」
というのも込みで、彼女が軍務省長官に任命されたような気配まである。
『あの野蛮人どもは、むしろ女に相手させた方が大人しくなるかもしれない』
と、非力な聖職者どもが
事実として、東西南北そして中央をそれぞれ守る五大騎士団長たちは、教皇から任命されてきたこの貴婦人のあつかいに困り、悩み、そして
一番極端に変わった点は、出陣の時にかけられる言葉だ。
これまでは、
「神のため、民衆のため、
と怒鳴られてきた。
それが
騎士に甘えは不要。
戦友たちよ漢の美学に酔いながらともに
それで良かった。それが良かった。
ところが今は。
「皆さんの無事をお祈りしておりますよ」
と
時には柔らかくて生あたたかい手で握手をもとめられる。
さらにはやれ「守護機兵の定期メンテナンス項目を増やしましょう」とか。
「健康診断を実施して心と身体を
あげくの果てには「食事のまえには手を洗いましょう」とか「寝る前に身体をきれいにしましょう」とか……。
『あんたいつから俺らのママになったんだよ!』
などと、中高年のオッサンたちはまるで思春期の少年のように苦しんだものであった。
しかしこんなことを周囲に
「今までのお前らがおかしかったんだ。
ちゃんと
と言われてしまうだけ。
すべてはパフォーマンスの低下をふせぎ、無用な死傷者をへらすため。
……という理屈を『理解』はできても、『納得』はできないというのが大人のプライドの
その厄介さを
軍務省、軍本部指令室内。
今ここは『聖エウフェーミア女学園占拠立てこもり事件』の対応に追われていた。
『
これが第三騎士団が恥を捨て、命をかけてでも通したい要求であった。
「……どうも私にはピンとこないのですが」
ヴァレリアに忠誠を誓う女騎士、『銀の乙女』クラリーチェ・ベルモンドはつぶやいた。
「とりあえずやると言うだけ言って、時期を
「まあそれで済ませないための手は打ってあると考えるのが自然だろうね」
クラリーチェの義兄、ランベルトが
「公式に発表してしまえば決して軽くない責任が発生する。
まして聖下の
二人の主君にして養母、ヴァレリア・ベルモンドは目をふせて
主君がなにも言わないのを確認してから、ランベルトは続きを口にした。
「そんなに軽い事ではないんだ。
身分ある人の
現代社会であっても、
「これは社長みずから決定なさった仕事だから、必ず成功させなくてはならない」
というヘンテコな理屈でヘンテコな仕事をさせられるケースは普通に存在する。
仕事の内容が良いか、悪いか、そんなことは問題ではない。
決めた人間が『偉いか偉くないか』というだけで優先順序が決定されてしまう。
他にもっと重要な仕事があったとしても、人材や資金は他より優先的にまわされ、最大限の努力をもって目標を達成しなくてはならない。
ほかの部分で笑えないレベルの損害が出ても、偉い人の決定を最優先しなくてはならない。
こういうアホとしかいいようのない出来事は、残念ながら世界中に存在するようだ。
トップの人間がやると言ってしまったら、下の人間は言われた通りに動かなくてはいけなくなってしまうのである。
そしてアホな命令を出してしまったトップのほうも、アホだと分かっている可能性がある。
他者との交渉ごとの結果による場合だ。
ロクな結果にならないと分かっているおかしな仕事でも、ブーブー文句をいう部下にやらせなくてはいけないのである……。
「イヤな感じっ」
クラリーチェは乙女らしい
普段は勇輝にたいして大人のお姉さんぶっている彼女だが、こういう面はまだ未熟だ。
大人の世界は必ずしも純粋ではない。
そして不純すぎるというものでもない。
白でもないし黒でもない。
この世のほとんどすべては灰色に染まっている。
白っぽい場所と黒っぽい場所がこの聖都にもたくさんあって、色の
その
ヴァレリアとランベルトはそんな彼女の不機嫌な顔をしばし見ていたが、通信使が場に緊張感をもたらした。
「猊下!
第三騎士団長殿から通信です!」
指令室の大スクリーンに、第三騎士団長グスターヴォ・バルバーリの顔がうつし出された。
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