第2話 若者たちは一攫千金の夢を見る
「次のニュースです。本日未明、××県××市××区××の路上で通行人の男性が路上で血を流し倒れている女性を発見。女性は近くの病院へと搬送されましたが既に死亡しており、警察は──」
日常でありきたりなニュースを垂れ流すテレビ。その傍らにある小さなベッドに腰掛けて、俺はスマホを片手に恋人の蓮華と話していた。
「まだ終わんない? もう結構待ってるんだけど」
『急かさないでよ! 私は祐樹と違ってそこまでプログラムに詳しいわけじゃないんだから……っと、うん、これで……いいのかな? ランプが赤から緑に変わったよ』
「お、できた? そそ、ランプが緑に変われば設定はOK、いつでもダイブできるようになったよ」
『はぁー……これでようやく面倒な設定は終わりなのね』
「そういうこと。まぁ、ゲーム世界にダイブしたら自分のアバター作ったりとかの作業はあるけどな」
現在、俺と蓮華の二人は各々の自宅にあるVR機器の設定を行っている真っ最中だ。
VR機器はパソコンと一緒で、ユーザー情報を設定しないと使えない。実際にゲームのようなサイバー世界に意識をダイブさせるタイプのプログラムを使用する際には、それに加えてユーザーの生体データを登録する必要もある。それを行っていたというわけだ。
俺はVRやプログラムにはそこそこ詳しいからすぐに設定できたけど、蓮華はゲーマーでこそあれどそっち方面の知識には疎いからな。俺が電話越しに設定方法をアドバイスしながら作業を頑張ってもらってたってわけ。
現代でこそ一般人にも身近な存在となったVR機器にシステムだけど、誰でも気軽に使える……と言えるようになるのはまだ当分は先の話だな。
「んじゃ、早速始めるとしますか。ラインカネーション・フェスティバルの攻略!」
『……言っておくけど、もしも私と貴方のどっちが最初のクリア者になったとしても、賞金は山分けだからね。持ち逃げしないでよ?』
「しないって。そもそも百億なんて一人で持ってたって使い切れないっての」
不安そうな蓮華の言葉に、俺は苦笑を返した。
「賞金は山分けして、貰った権利も連名だ。これだけの資産があるならわざわざ汗水流して働く必要もないだろうし、そしたら──」
本当は、本人を目の前にして言いたかったな、この台詞。
「──何処かに土地買ってでっかい家建てて、そこで二人で暮らそうか。蓮華」
『……うん!』
発端は、何気なく開いていたネット画面に掲載されていた一枚の広告だった。
とあるVRゲームのプレイ画面を切り取って作成した短い動画に、シンプルな宣伝文句を添えただけの映像だったのだ。
その宣伝文句には、ゲームのタイトルである『ラインカネーション・フェスティバル』のロゴの他に、こうあった。
この世界を救済する最初の英雄となり、富と名誉を手に入れよう!
と。
詳細は公式サイトにてチェックしよう、とサイトのURLが記されており、映像では詳しい内容までは分からなかった。
この宣伝文句だけだと、ゲームの中での話だって誰でも考えるだろ? 最初は俺もそういう風に考えた。
ところがどっこい。
公式サイトで改めて内容を確認してみると、その富と名誉とやらは現実での話……つまり、このゲームを最初にクリアしたら百億という本物の賞金とラインカネーション・フェスティバルの著作権そのものが制作会社から貰えるっていう冗談みたいな話だったんだ。
何で、ゲームを最初にクリアしただけでそんな巨額の賞金やらその賞金以上の利益に化けるかもしれない権利が貰えるのかは全然理解できなかったけれど──
そんな手軽で美味しい話、人間だったら見逃すわけがないだろ?
──といういきさつがあって、俺は恋人の蓮華を誘って本気で件のゲーム攻略に乗り出すことにした、ってわけだ。
ゲームソフト自体は自腹で購入する必要があるものの、普通のVRゲームと比較したら大分安価で子供の小遣いでも手を出しやすい。バイトをしてる学生なら簡単に手に入れられる。
どっちかと言うとVR機器を手に入れる方が難易度は高いかもな。金額的な意味で。まあ、こっちもVR機器が世に出始めた頃と比較したら大分リーズナブルになったし、ちょっといいパソコンを買うようなもんだと考えれば現実的な値段だと思うよ。うん。
俺も蓮華も分類としては割とヘビーなゲーマーだったから、VR機器は元々持ってたやつがそのまま使えた。ただ、ラインカネーション・フェスティバルは意識をゲーム世界にダイブさせるタイプのゲームだから普通のユーザー設定の他に生体データの登録ってやつも必要で……ここの設定がちょっとばかり面倒で、プログラム関係に疎い蓮華にはハードルが高かったみたいだな。
……ともあれ、その面倒な登録作業も全て終わった。後は、実際にゲーム世界にダイブして自分のアバターを作って、ゲームをプレイするだけだ。
勿論、一人のプレイヤーとしてゲーム自体はそれなりに楽しむつもりだぞ? 折角のVRゲームなんだし。
でも、一番の目標は──誰よりも早く、このゲームをクリアすること。ラスボスである蛮神を最速で倒したプレイヤーになることだ。
そのために蓮華に共同プレイしてくれって頼んだんだから。わざわざソフト代を俺持ちにしてまで。
「じゃ、また後で。ゲームの中でな」
『分かった。ゲーム開始したら中で合流しましょ』
通話を切って、俺は傍らに置いてあったヘッドギアを手に取った。
現代のVR機器は昔と違って大分軽量化されていて、専用のヘッドギアを装着し、専用のケーブルでVRプログラムを扱えるデバイスを搭載したパソコンと接続するタイプが主流になっている。
昔のVR機器は部屋を半分占領するくらいにでっかいシート型ってのが主流だったからな。あの頃と比較すると随分ハイテクになったもんだって思うよ。
このパソコンと繋がってるケーブルがなくなって完全に無線化すればもっと楽になるんだろうな、とは思うけど。
──接続ヲ開始シマス──
ヘッドギアを装着して電源を入れると、頭の中に直接電子的な声が響く。
いよいよだ、と思うと同時に、俺の意識は底のない電子の海の中へと沈んでいった──
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