第28話 役得

 音楽室──正確には音楽資料室だけれど──へとやってきた私たちがあれやこれやと言い合いながら曲を選んでいる間に、生徒会室ではチーム編成が進んでいたようだ。

 曲集を抱えて戻ってきた私たちは、その進捗の良さに思わず顔を見合わせる。

 唯一、驚きを見せなかったのは河野さんだ。


「そりゃあ、会長がいるんだもの」


 そう言ってふわりと微笑む。

 そういえば、今は合唱祭実行委員会がすっかり居座ってしまっているけれど、普段の生徒会室では桐山会長はどんなふうなのだろう。

 副会長の庄司くんや河野さんは、桐山会長の理事会との繋がりとか、合唱祭の中止に与えた影響とか、そのあたりのことは知っているのだろうか。

 もちろん、墓穴を掘ってはいけないので尋ねたりはしないけれど。


「あとは、俺ら自身だな」


 乾がそう言ったところで、私たちは話し合いの輪に加わる。


「俺ら自身って?」


 私の疑問に答えてくれたのは新垣くんだった。


「参加者の割り振りはさっき終わったんだよ。一応、学年もだけどそれよりも男女比を均等にした編成になってる。それで、あとは実行委員をどうするかなんだ」


 なるほど。現時点では、実行委員はどのチームにも入っていない状態らしい。


「僕としては、合唱に参加するかどうかは各自の判断に任せようと思ってる」


 新垣くんはそう言った。

 去年までは、実行委員だろうと執行部役員だろうと、生徒は全員合唱に参加していた。れっきとした学校行事だったのだから当然だ。

 けれど今年は違う──選択の余地があるのだ。


 私としては、もちろん参加したい。

 でも委員長である新垣くんがわざわざそんなことを言うということは──…。


「実行委員が合唱に参加すると、何か不都合がある?」


 たとえばそれが、合唱祭の運営そのものに影響するような不都合だった場合、どちらを優先すべきかは目に見えている。

 けれど新垣くんは首を振った。


「不都合なんてないよ。ただ、今年の合唱祭は言ってみれば生徒主体の非公式行事。だから……ハードになる、とは思う」

「お前なんでそんな言葉選んでんだよ」


 そう言って呆れる乾に、新垣くんは「え」と動きを止める。


(ああ、そうか……)


 新垣くんは、桐山会長には及ばないまでも頭の回転が速くて、基本的に冷静沈着で──つまり、わかりやすく優秀な人間なのだ。

 だから彼のうちに渦巻く苦悩は、まわりには気づかれないことが多いのだと思う。


 そもそも彼は隠すのがうまい──桐山会長に解散命令を出された日、何かしたのかと私に尋ねられた時のように。

 そんな新垣くんが不安を感じているというのなら。


「私は──実行委員の仕事も合唱も、どっちもやってみせる」


 私は力強く宣言する。


「新垣くんが言った通り、今年は学校からのサポートがほとんどないも同然で、わかりやすいところで言えば、合唱の練習のために午後の授業が休みにもならない。練習するとしたら、朝休みとか昼休みとか放課後しかない」


 そしてその限られた練習時間にすら、実行委員としての仕事がある以上満足に参加はできないだろう。

 やる気がそれこそあり余るくらいにあったとしても、当然ながら体は一つなのだ。


「どうしたって多少の犠牲は出てくるだろうけど、こうしてみんなで作る合唱祭だからこそ私は出たい。受験勉強はそのあと死ぬ気でやる」


 半ば自分への決意表明を込めながら言うと、輝が「大げさ」と笑った。


「あの放送でも言ったでしょ。参加したい人だけが参加する。参加したいから参加する。あれこれ難しく考えなくたって、それで十分なのよ」


 軽い調子で、でも目には強い光を宿らせて言った彼女は、本当に「輝」を名にもつにふさわしい存在なのかもしれない。俗に言う「名は体を表す」ってやつだ。


「そう──だから俺は出ますよ。あ、可能なら『旅路』を歌うチームがいいんですけど」

「え、まだどのチームがどの曲歌うかも決まってない段階でそれ言う……?」


 安定のマイペースっぷりを発揮する中村くんを、例によって塚本くんがたしなめようとした時だった。


「……そうだね。そうしよう」


 新垣くんが、メガネのブリッジを押し上げながら言った。

 私は何が「そう」なのかわからず目を瞬く。

 それはたぶん、私以外のみんなも同じだったのではないだろうか。みんな黙って新垣くんの次の言葉を待っている。


「中村くんたちが選んでくれた曲だけど、当日の発表順をもうこちらで決めてしまおう。そうすれば曲のくじ引きとステージ順のくじ引きが一度で済む。実行委員は各自歌いたい曲を選んで、その曲を歌うことになったチームに加わって」


 中村くんが「え」と目を見開く。彼にしても、本気でそう手配してもらえると期待しての発言ではなかったのだろう。それこそ、「当たればいいな」くらいの気持ちで。


「ここまで頑張ってきたんだ。それに、これからだって散々頑張らないといけない。そのくらいのわがままは許されるんじゃないかな」


 そう言って、新垣くんは微笑んだ。


「当日の仕事の担当は歌のタイミングを外して組めばいいってことだな」


 乾に言葉にうなずき、私は早速曲集を広げた。


「スタートはこの曲がいいと思う。比較的メジャーで明るくて、ライブじゃないけど、会場の空気を暖めるのには最適だと思う。それで次が──…」


 こちらで曲や順番を決めてしまうことには、くじの手間を省けるとか実行委員の仕事が楽になるとか以外にも、とても重要な利点があると思う。

 なんといってもステージを最高の形に組み立てられるのだ。この曲とこの曲は雰囲気が似ているから順番は離そうとか、この曲の後にはこの曲を持ってきてカラーをがらりと変えてしまおうとか、そういうことが自在にできてしまう。

 せっかくここまで来たのだ。できうる限りの最高の合唱祭にしたい。



 なんとか曲順が決まったところで、「はい、そこまで」とストップがかかった。


「行事前であろうと実行委員であろうと最終下校時間は守ってもらう」


 生徒会室のものであろう鍵の束を人差し指にぶら下げて桐山会長が言った。

 気づけば窓の外は真っ暗だ。ついつい熱中しすぎてしまったらしい。


「仕方ないね。あとは明日以降に進めることにしよう」


 新垣くんの言葉に全員でうなずく。

 絶対的に時間が足りないことは否めないが、基本的には順調に進んでいる。明日になればチームと曲の組み合わせが決まるし、当日のタイムテーブルも具体化しなければ。

 そこでようやく例年のスタートラインなのだから。


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