第16話 行き先は

 乾に訊いても、なぜか行き先は教えてもらえなかった。

 二人して、私に何かを隠そうとしているのだろうか。


 でも、行ってしまえば嫌でもわかるのだから、隠す必要も、隠す意味もない気がする。

 ということは、ただ口に出したくないだけなのか。


「……あ」


 廊下の中ほどに三人の人影がある。新垣くん、中村くん、そして塚本くんだ。


(ってことは目的地は……)


 入り口のドアの上方から突き出ているプレートを確認する。

〈生徒会室〉──桐山会長率いる生徒会執行部の本拠地だった。



 新垣くんがノックすると、ややあってから「どうぞ」と返事があった。桐山会長の声だ。

「失礼します」と声を上げた新垣くんを先頭に、私たちはぞろぞろと生徒会室に足を踏み入れる。


 生徒会室は、意外にもこじんまりした部屋だった。広さはだいたい普通の教室の半分くらいだろうか。

 その中心に、桐山会長が鎮座している。偶然なのか意図的なのか、庄司くんをはじめとする他の執行部役員の姿は見えない。


 桐山会長は押しかけてきた面々を順に眺め、最後に私を見た。

 そして、一人ひとりと目を合わせながら、すらすらと名前を挙げしていく。


「三年一組、新垣優也くん。三年二組、乾暁良くん。同じく木崎彩音さん。二年一組、中村幸貴くん。二年二組、塚本翔くん。本日の用件は?」


 どうやら顔と名前だけじゃなく学年とクラスまで把握しているらしい。

 今背筋を流れた気がしたのは──ただの汗か、それとも冷や汗か。


「君を相手に今更確認する必要もないだろうけど、僕たちは合唱祭実行委員会の委員としてここにいる。たとえ今は、正式な委員会として認められていなくてもね」


 新垣くんが静かに言った。その目はしっかりと桐山会長をとらえている。

 桐山会長は何も言わずに先を促した。


「僕たちがここにやってきたのは偶然でも苦肉の策でもない」


 私はそれを聞きながら考える──「偶然でも苦肉の策でもない」のなら、それはつまりここが「答え」ということではないのか。


「少なくとも、俺たちには知る権利があるだろ」


 乾が差し挟んだ一言が私に突き刺さった。

 なぜならそれはもう、合唱祭の中止は覆せないと悟っての言葉だからだ。

 たとえ中止の決定は覆せなくても、それでも中止の真相を知る権利はある──そういう意味の言葉だから。


 桐山会長は静かに息をついた。


「ここまでたどり着いておきながらそれを言うのか」


(……! この人はこの人で、一言も釈明しないなんて……)


 乾の実質的な敗北宣言と、桐山会長の、執行部の関与を認めるも同然の言葉。

 なんだか、足下がぐらつくような錯覚に襲われる。


「もしすべてを知っていたとしたら、わざわざこんなところまで押しかけてきたりしないよ」


 新垣会長はふっと、ほんの少し表情を和らげて言った。でもすぐに、その表情をキッと引き締める。


「……決して口外はしないと、全員が約束する」


 私も思わず背筋を伸ばした。

 朝、新垣くんに言われた言葉が蘇る──知ることには責任が伴うと。故に覚悟が必要だと。

 でもそれだけじゃない。その覚悟は、本当に知りたいという強い願いに裏打ちされていなければならないのだ。


「……君たちは、何をそんなに必死なんだ?」


 呆れたように言う桐山会長に、新垣くんが初めてちゃんとした笑顔を向ける。


「必死なのはお互い様じゃないのかな?」


 生徒会長と実行委員長、きっと漫画なら今二人の間に火花が散っているに違いない。

 と、先に目をそらしたのは桐山会長だった。彼はその目を直接私へと向ける。


「木崎さん。君の顔をここで見ることになるとはね」


 責められている──わけではないと思う。ただ、私がここにいることが意外だったのかもしれない。

 桐山会長が私を、私が桐山会長を知っている以上に知っているのだとしたら、私がここにいるのはきっと不思議なことだろうから。

 私は決して、自ら実行委員になって行事を引っ張るような、主体性のあるタイプじゃない。


「私にとっての合唱祭実行委員会は……あなたにとっての生徒会執行部だから」


 私の言葉に、桐山会長はかすかに目を見開いた。

 もちろん、彼がどんな思いで執行部を率いているのかを、本当の意味で知っているわけではないけれど。


 桐山会長は何も言わずに私から目をそらし、新垣くんに向き直った。


「君たちがここにたどり着いた経緯を聞かせてもらえるかな」


 私は張り詰めた空気に圧されるようにつばを飲み込んだ。


(桐山会長は、「答え合わせ」をしようと言っている──…)


 新垣くんと乾はほんの一瞬、チラリと目だけを合わせた。そして、新垣くんが口を開く。

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