第13話 考えて
国語の授業も英語の授業も、今までにないくらい上の空だった。
だって、あの年間行事予定表に印字がないということは、遅くとも年度初め──いや、おそらくは昨年度の時点で合唱祭の中止が決まっていたということだから。
(でも、だとしたらなんでその時発表にならなかったんだろう……)
もし年度初めにでも発表してくれていたら、合唱祭実行委員会が発足することもなかったはずなのだ。
つまり、あんなふうにショックを受けることも、こんなふうに原因究明に奔走することもなかった。
もし中止が覆せないものだったとしても、少なくとも今よりは絶対に傷が浅くて済んだと思う。
(──あ、今だ)
いつもやたらと友人に囲まれている乾がようやく一人になったのだ。私は立ち上がり彼に声をかける。
「ちょっと気づいたことがあるんだけど、今いい?」
私の表情か、あるいは声に深刻な響きでも感じたのだろうか。乾はすぐにうなずき立ち上がった。
「いい話じゃなさそうだな」
廊下に出るなりそう言った乾に、私はぐっと言葉を詰まらせる。
良い話じゃないというのはその通りだけれど、私ってそんなにわかりやすい人間なのだろうか。
「……合唱祭のことなんだけど。中止はもしかしたら去年──昨年度の時点で決まってたかもしれない」
私が言うと、さすがの乾も顔色を変えた。
「どういうことだよ?」
私は聞こえそうな範囲に人がいないのを確認してから手短に説明する。
年度初めに配付された「年間行事予定表」に、合唱祭の文字がないこと。
つまり、その表が作られたであろう三月の時点で、合唱祭は存在しないものとして扱われていた可能性が高いこと。
しかも、あとで改めて確認したら、文化祭と体育祭はちゃんと記載されていたのだ。
「その、三月の時点ではまだ日時とかが確定してなかっただけってことは?」
乾が希望的観測を述べる。
正直、その可能性は私も考えた。けれど結局棄却せざるをえなかったのだ。
私は静かに首を振る。
「あくまで予定だし、仮決定でも打ち出すんじゃないかな……それに、わざわざ『変更可能性あり』って断ってる。もちろん、今日帰ったら去年の予定表が残ってないか探してみるけど」
もし去年の年間行事予定表に「合唱祭」の印字があれば、この仮説──合唱祭は昨年度の時点で中止が決定していたという可能性──は決定的なものになってしまう。
でも、そうなったとしてもまだ、中止の原因はわからないのだ。
(……?)
返事がないのが気になって見てみれば、乾は何か考え込んでいる。
「どうしたの?」
不思議に思って尋ねると、乾はかすかに呆れたような顔をした。
「お前、少しは考えろよ」
「え?」
いったい何を考えろと言われているのだろう。
話が通じていないと思ったのか、乾は一瞬顔をしかめた。が、すぐに表情を引き締める。
「仮にお前の考えが正しかったとして、なんで最近まで黙ってたのか、だよ」
「なんでって……」
私だって、せめて年度初めに発表してくれていたら、とは思ったけれど。
そう思ったところでようやく気付く。乾は、なぜそうしなかったのかを考えろと言ったのだ。
「……年度初めに公表したら、何か都合が悪いことがあった?」
自信がないながらにも言うと、乾は真剣な顔のままうなずいた。
「年度初めの時点では、中止を隠しておきたかったとも考えられるな」
「どうして……」
思わずそんな言葉が口をついて出てしまう。
が、その答えは自分で探さなければならないのだ。
「……だとしたら、今はそれがなくなったか、解決した。だから公表できたってこと?」
言いながら、「それ」っていったい何なんだろうと思う。
「あるいは、年度初めの時点では──」
乾が急に口をつぐんだ。その目は私の背後を向いている──?
(うわっ)
その視線を追うように振り返ってみれば、なんとそこには桐山会長の姿があった。
そしてどういうわけか、彼はまっすぐこちらに近づいてくる。
「ちょっと、おたくの委員長なんとかなんないの?」
ややとげのある言い方に、私は思わず身を引いた。
「……委員長って?」
乾がもっともらしく首を傾げる。
もちろん、桐山会長が新垣くんのことを言っているのは間違いない。それは乾もわかっているだろう。
でも「どうにかしろ」と言われる心当たりはない。その意味で乾の反応は正しかったと思う。
「合唱祭実行委員会の委員長だよ」
彼らしくもなく、声には若干の苛立ちが滲んでいた。
どうしたんだろう──私は乾と顔を見合わせる。
「『なんとか』って……何の話? だって、合唱祭は……」
私が言うと、桐山会長は大きくため息をついた。
「彼も君たちくらい物わかりがよければいいんだけど」
(物わかり……?)
どういう意味なのかはわからない。
でも、少なくとも桐山会長の言葉を信じるのなら、新垣くんは何か行動を起こしている。
「優也がどうかしたのか?」
乾が訊く。と、桐山会長は気が済んだのか小さく首を振った。
「……いや、なんでもない。邪魔して悪かったね」
そう言って踵を返す。
(「邪魔して悪かったね」って……)
そんな台詞が芝居がかって聞こえないというのは、実はものすごく貴重な個性なのでは。去っていく桐山会長の背中を見つめながら、私はそんなことを思う。
「新垣くん、何かしたのかな……?」
桐山会長が言ってしまってから、私は乾に尋ねた。
が、彼も思い当たることがないらしく首を傾げている。
「さあ……でも何か──!」
私たちは同時にポケットに意識を向けた。スマホが振動したのだ。
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