猫と花火
夕藤さわな
第1話
「じゃあ、行ってくるね」
僕のせまい額を指先でなでて、キミはにこりと笑った。
今夜はこのあたりで一番、大きな花火大会がある。
きっと友達は浴衣姿で来るはずだ。でも、玄関でスニーカーを履いているキミはTシャツにジーパン姿。ちょっと……いや、だいぶラフなかっこうだ。
――去年、着ていた浴衣はどうしたの?
白地に水色の小さな花柄の生地に、枯れ草色の
――今年も見たかったな。
玄関を出て行くキミの背中に向かって呟く。でも、僕ののどから出たのはニャーという鳴き声だった。
玄関のドアがガチャン……と、音を立てて閉まった。
キミとパパ、ママ、キミの弟のタクくんの家族四人。それから飼い猫である僕が暮らしている一軒家に僕一匹だけが残された。
しん……と、家の中が静まり返った。
僕はきびすを返して階段をとぼとぼと上った。二階にあるキミの部屋のドアを前足でちょいちょいと押して開ける。
まだ外は明るい。花火が上がるまでには時間がある。
ひと眠りしようとキミのベッドに飛び乗ろうとして、結局、出窓に飛び乗った。
うちの前を歩いて行く人たちを窓から見下ろす。
住宅街でいつもは人通りの少ない道だけど、今日は特別。色んな人たちが同じ方向に歩いて行く。
小学生の男の子たちはにぎやかだ。
パパとママに手をつないでもらって、女の子は満面の笑顔。
浴衣姿の子たちは中学生かな、高校生かな。
窓の下を通り過ぎていく人たちをぼんやりと眺めていた僕は、浴衣姿の二人に目を奪われた。
高校生かな、大学生かな。
仲良く手をつないでいる二人はきっと恋人同士だろう。
――ふさふさの毛もないのに手をつなぐとあったかいんだよね。知ってるよ。
花火大会へと向かう二人の背中を見送りながら、僕はゆらゆらとしっぽを揺らした。
僕は一年くらい、ヒトだった。
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