No.45:自分の鈍感さ


「いったい何があったんだ?」


 月島の様子が、明らかにおかしい。

 夏休みに入って連絡をしても、まともな返事をよこさない。

 マクドや食事に誘っても、全然乗ってこない。


 最初は本当に都合が悪いだけかと思っていた。

 しかしこれだけ立て続けに断られれば、さすがに気づく。


 どうする?

 直接会って、問いただすか?


 いや……それは悪手だ。

 アイツは理性的な人間だ。

 なにも理由がなく、こんなことをするはずがない。

 

 その理由は何だ?

 俺はなんとも言い難いもどかしさを感じていた。

 結局アイツから話してくれるのを、待つしかないのか?


 俺は『月島成分』に飢えていた。

 アイツの作ってくれたアップルパイが食べたい。

 いっしょにマクドやサンゼにも行きたい。

 アイツと仕事の話をしたり、アイツからいろんなアイディアを聞いたりしたい。


 この感情は、なんなんだろう。

 今まで感じたことのない、この感情は……。

 俺は残りの夏休みを、悶々としながら過ごさなければいけなかった。


        ◆◆◆


 夏休みも残り1週間ぐらいになった。

 夕食の後片付けを終わらせてスマホをみると、Limeのメッセージが。


 ハリー君:こんばんは。よかったら音声通話したいんだけど、いいかな?


 ハリー君からだ。なんだろ?

 私は無料通話のアイコンをタップした。


「あ、月島さん? こんばんは」


「こんばんは。ごめんね、ハリー君。今メッセージに気がついて」


「ううん、全然。あのね、月島さん……今週のどこか、空いてる時間ってあるかな?」


 ハリー君の声が、いつになく緊張している。


「えーと、ないことはないけど……何かあるのかな?」


「え? う、うん。あのさ……もしよかったら、映画とか一緒に見に行かないかなと思って」


「映画?」


「う、うん。そう」


「えーと……柚葉も一緒?」


「えっ? ち、違うけど……」


「ハリー君と2人で、ってこと?」


「……うん」


 ハリー君の声が、ものすごく小さくなった。


 これは……どう捉えるべきかな。

 落ち込んでいる私を、元気づけようとしてくれてるのは間違いない。

 でも……どうする? 


「えっと……2人で、ってことなら、ちょっと行けないかな」


「……うん、そっか。そうだよね」


「ごめんね」


「うん、わかった。ありがとう。また皆で行こう。何か企画するね」


「うん、ありがとう。待ってる」


「それじゃあ、おやすみ」


「うん、おやすみなさい」


 短い時間の通話が終了した。

 私は小さく嘆息する。


 選択肢の中には、「皆で行こうよ」とか「代わりに柚葉をさそったら?」という言葉もあった。

 でも、あの誠実なハリー君が、私と2人で映画に行きたいと電話をかけてきた。

 だからそんな言葉を返すなんて、的外れもいいところだ。

 きつい返事だったかもしれない。

 でも誠実な問いかけには、誠実に返さないと……それが礼儀だと思う。


 それにしても……そういうことだったのかな?

 私は自分の鈍感さに呆れていた。

 全然気がつかなかった。

 ハリー君と柚葉が、お似合いだとばかり思い込んでいた。


「全然ダメだな、私……」


 いろいろとうまくいかない。

 全部ちぐはぐだ。

 ピースがはまらないパズルを延々と繰り返しているような、そんな気分だった。


 私が悶々と悩んでいると……


「華恋、ちょっといいか?」


 通話が終わるのを待っていたのか、お父さんが声をかけてきた。


「うん、大丈夫だよ。どうしたの?」


「ああ、ちょっと前もって言っておこうかと思って……」


 お父さんが、何かを言いよどむ。

 なんだろう。


「この間華恋がバイトに行ってた時間なんだけどな……例の金融会社の連中が、ここに押しかけてきたんだよ」


「えっ? 家にまで来たってこと?」


「そうなんだ。電話だけじゃなくて家まで押しかけるなんて……非常識にも程がある」


 でも……それって、お父さんがお金を返してないからってことだよね。


「大丈夫なの?」


「ああ、大丈夫だ。それでな、華恋。万が一連中が家に来ても、絶対に玄関先に出ちゃいけない。奥の部屋にいてほしいんだ。連中は家の中には絶対に入ってこない。だから安心してほしい。まあ家には来ないように、話してはいるんだけどね」


「……うん、わかったけど……」


 それってかなりヤバい状況なんじゃないの?

 お父さん、本当に大丈夫だろうか。

 背中に積み重なるいろんな荷物に、私は押しつぶされそうだった。

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