No.34:花火大会当日


「吉岡。日曜日の件、よろしく頼むぞ」


 俺は自宅の執務室で、隣りにいる執事服の吉岡に声をかける。


「はい、秀一様。すべて手配は済んでおります。ケータリングとお飲み物は簡単なものを用意しましたが、それでよろしかったですか?」


「ああ、十分だ」


「エレベーターもセキュリティーカードがなければ、屋上と最上階フロアへは行けないように設定する予定です。ご安心下さい」


「助かるよ」


「ですから秀一様」


「なんだ?」


「避妊具はお持ち下さいね」


「なっ……そういうんじゃないって言ってるだろ? ただのクラスメートだ。それにビルの屋上だぞ? 俺はそんな趣味もなければ鬼畜でもないぞ」


「そうですか……それにしても秀一様が、お友達と一緒に花火を見るようになるとは。わたくしも嬉しく存じます」


「……なんで親目線なんだよ」


 まあ吉岡が言わんとしていることは、わからんでもない。

 俺は毎年、この花火大会だけは吉岡と西山だけで見ていた。

 まわりにいた女達を、呼んだことはない。

 なぜそうしていたのか、自分でもわからない。

 ただ……何かそうした方がいいような気がしただけだったが。


「そんなわけで秀一様。今年はわたくしは失礼しますね」


「え? 吉岡、来ないのか?」


「もちろんです。そんな野暮なことは致しません。ですからお料理やお飲み物は、ご自分でご用意なさって下さいね。あ、それと西山も12階のフロアから花火を見ると言っていました」


「西山もか? だからそんなんじゃないって言ってんのに……」


 どうやら月島と2人だけになるのは、既定路線のようだ。

 こういう時、他に友達がいないというのは不便なものだ。


 それでも……俺は月島と花火を見るのを楽しみにしていた。

 月島は面白いやつだ。

 冗談を言えば返してくれるし、知識豊富で話していても楽しい。

 好奇心も旺盛で、俺のビジネスの話も興味を持って聞いてくれる。

 なにより頭の回転が早いので、話がしやすい。

 こんな女は、今まで俺のまわりにはいなかった。


 それに……ときどき年相応のあどけない顔を見せてくる。

 ちょっとからかうと、すぐに拗ねる。

 そうかと思ったら、急に花が咲いたような笑顔をみせる。

 そんなところも、俺は憎からず思っていた。


「不思議だな。全然俺の好みじゃないはずなのに……」


 俺は知らない間に、月島のことをもっと知りたいと思うようになっていた。


        ◆◆◆


 花火大会当日。

 私は朝から落ち着かなかった。


 出かけるまでは、まだまだ時間がある。

 でも着ていく服はこれでいいだろうか。

 メイクは一人で上手にできるだろうか。

 そんな事を考えながら、一人で焦っていた。


 白のノースリーブワンピースに水色のサンダル。

 それに水色のカーディガンで合わせた。

 メイクも厚くならないように注意しながら、なんとかやり終えた。

 この間柚葉の家でやってもらったのと、同じような感じになったと思う。


 夕方、すこし早めに家を出た。

 やっぱり電車はとても混んでいた。

 花火会場に一番近い駅で降りて、大通りを歩く。

 大勢の人たちと一緒に、宝生君の指定したビルに向かって歩いた。

 5分くらい歩いだだろうか。


「ここだ」


 宝生第8ビル。

 入り口の上の部分に、そう書いてあった。

 自動ドアを抜け中に入ると……


「おお、迷わなかったか?」


 紺色のブランドTシャツに、白のスキニージーンズの宝生君が待ってくれていた。


「うん、すぐにわかったよ。」


「そうか……」


 彼がなぜか私の顔をまじまじと見ている。


「な、何?」


「ん? ああ、すまない。なんかいつもと感じが違うなと……。化粧してるんだな」


「へ、変だったかな?」


「そんなことはないぞ。ちゃんと、その、なんだ……」


「……」


「と、とにかく、行くぞ」


「う、うん」


 2人でエレベーターに乗ると、宝生君はカードキーをパネルの下にかざしてRのボタンを押した。

 宝生君の顔が、すこし赤かった。

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