No.29:水族館


「華恋、またこれ頂いたんだけど、使うかい?」


 夕食の最中、お父さんがポケットからチケットのようなものを出してきた。

 今日はバイトがなかったので、夕食は私の当番だ。

 ハンバーグにサラダに味噌汁、冷奴というおかずのラインナップ。


「ああこれ……でもちょっと久しぶりだね」


 私はお父さんからそれを受け取った。

 「ムーンライト水族館 入場券」

 チケットには、そう書いてあった。


 ムーンライト水族館は、この街の繁華街のビルの中にある小さな水族館だ。

 この間宝生君と行った、映画館から近い。

 

 この水族館の設計は、お父さんの会社が請け負ったらしい。

 そんな関係でオープンしてから数年経った今でも、たまにこうして無料チケットが送られてくるそうだ。


「水族館かぁ……」


 宝生君、興味あるかな……。

 私はそんなことを考えた。

 水族館と行っても所詮はビルの中にある小さなもので、海沿いの大きな水族館のようなものを期待していくと、かなり残念な思いをする。

 それでも場所がいいので、このあたりでは結構定番のデートコースだ。


 だから別にデートじゃないし……。


 でも水族館へ行ったあと、サンゼリアというコースはいいんじゃないかな。

 行ったことがあるかもしれないけど……とりあえず宝生君に聞いてみることにしよう。


「ありがと。友達に聞いてみるよ」


「そうかい。無駄にならなくてよかったよ」


 そう言ってお父さんは、ハンバーグを一口サイズに切って口に運んだ。


 夕食後、私は宝生君にLimeを送ると「いや、行ったことない。前から興味はあった」と返信があった。

 ちょうどよかった、水族館とサンゼリアのコースで時間的にも丁度いいだろう。

 お互いの予定を確認して、次の週末に一緒に行くことにした。


        ◆◆◆


 「こんな風になってるんだな」


 ムーンライト水族館の中に入ってあたりを見渡した宝生君は、少し驚いた表情でそう言った。


「ね、面白いでしょ。こんなビルの中に、水族館て作れるんだなって」


「ああ。これ、月島のお父さんが設計したんだろう?」


「いや、もちろんチームで設計したんだろうけどね。でもかなり関わってるって話をしてた」


「凄いな」

 宝生君は関心しきりだった。


 私たちは順路に沿って進んでいく。

 トロピカルな色とりどりの熱帯魚がいる珊瑚礁のコーナーを抜ける。

 その次はクラゲのコーナーで、暗い室内の中に照明が使われて浮かび上がるクラゲが幻想的だ。

 深海魚のコーナーの次には、サメがいるコーナーへ。


「歯が鋭いね」


「凶暴そうだな。親近感を覚えるか?」


「誰が凶暴よ」


 そんな冗談を交わしながら、進んでいく。

 ふと周りを見ると、休日のせいもあるのかカップルがやたら多い。

 今日の宝生君は、白い薄手のパーカー風のシャツに、黒のスキニージーンズとスポーツブランドのスニーカー。

 ラフな服装なのに、長身で筋肉質の彼の体型にはピッタリだ。

 他の女の子のグループから視線を感じるのは、気のせいではないだろう。


「前にも来たことがあるのか?」


「何度かね。私もお父さんから、ここのチケットはたまにもらうんだ。柚葉と一緒に来たこともあるよ」


「そうなんだな。街中にある、というのが意外性があって面白い。ただ運営上のランニングコストが結構かかりそうだな」


「そうなの。ここは市も半分運営に関与してるらしいから、なんとかなってるみたい」


「ということは、税金が使われてるわけだな」


「そういうことね」


 2人は水族館の展示コーナーを抜けて、売店に向かった。

 ここではちょっとしたアメニティーや、パンフレットが売っていた。

 宝生君は売店をうろうろしていたが、何かを買ったみたいだった。


 2人は売店を通り抜けて、水族館から出てきた。


「あっという間だったでしょ?」 


「まあここに水族館がある事自体が、驚きだからな。でも面白かったぞ」


「そう。よかった」

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