第32話 ロンダからの旅立ち
アルベルトさんによる愚か者達の処分は、通常より厳しい特別研修を受けることだけとなった。彼らは運悪く俺と出会っただけで、これまでの生意気な嫡男より過酷な研修をすることになったのだ。
ちょっと生意気な態度をしただけの罰だと考えると、厳しいと言えなくもない。
国王からの忠告を聞かなかったのだから仕方ないだろう……。
ただゴドウィン侯爵の孫であるウィスパーはジジを口説こうとした件がある。ジジの婚約者である俺としては許せないことでもあったが、ジジの俺に対する気持ちを聞けたので許そうかなと迷っていた。
しかし、俺が罰を与えなくてもドロテアさんがすでに動いていた。グストから事情を聞いたドロテアさんは、すぐにマリアさんに念話で報告していたのだ。
マリアさんはすぐにうごいたようだ。ウィスパーの父親であるエーメイさんとその側室であるマリアさんの妹弟子のシンシアさんに報告したようだ。
それを聞いたウィスパーは絶望した表情で呟いた。
「シンシアお義母さまが……お、終わったぁ~」
ウィスパーはそう話すと、成人した大人の癖に男泣きを始めた。
そういえば死ぬより辛い折檻があるとか言っていたなぁ。
追い打ちをかけるようにドロテアさんが話す。
「すでにゴドウィン侯爵にも話が伝わったようじゃ。エーメイ殿も三年前にジジを金で買おうとしたことがあったからのぉ。その件も含めてゴドウィン侯爵やエーメイ殿も同罪だと、シンシアが二人の折檻を始めたそうじゃ。お主には戻ったら同じ折檻をするという話じゃ。それと研修中に女を口説いたり、王都に送り返されたりすることがあれば、廃爵して家を追い出すだけでないそうじゃ。シンシアからあそこを切り落とすから覚悟するように伝言があったそうじゃ」
うん、死んだほうが良かったかもしれないなぁ~。
ウィスパーは両手を地面について落胆していた。しばらくして顔を上げた彼の眼には生気がなく、虚ろな表情をしていた。
その場にいた男性陣はウィスパーに同情の視線を向けていた。しかし、女性陣は楽しそうに話が盛り上がっている。
「あら、私は口説かれても構わなかったのにぃ~」
あっ、ウィスパーの目に少し光が戻ったか!
カリアーナさんの話に反応したようだ。すでに五十台に突入したはずのカリアーナさんだが、見た目はアラサー美人だ。たしかに年上の女性も悪くはないと思うけど……。
「クククッ、カリアーナはシンシアの姉弟子じゃ。カリアーナもエーメイに口説かれたことがあったはずじゃ。そこのウィスパーの嫁になるのも面白いのじゃ!」
おうふ、そんな
「ふふふっ、年下で生意気な男の子を自分の好みに育てるのもアリかなぁ~」
カリアーナさんは雄を捕食する魔物のような表情でウィスパーを見て話した。
見つめられたウィスパーは虚ろな表情を崩さず、涙が次々と溢れだしている。他の嫡男連中も怯えるような表情でカリアーナさんを見ている。
いたいけな青年達の心に、トラウマとして残らないといいのだが……。
◇ ◇ ◇ ◇
あれから十日ほど俺は研修施設の教官の教官として過ごしていた。
ドロテアさんにチクチクと研修施設を任せっきりにしていたことを責められたからだ。
特別研修生は何とか脱落することなく研修を続けているようだ。毎日彼らの叫び声が研修施設に響き渡り、生意気な態度は完全になくなっていた。
彼らには特別にグストとゴランだけではなく、女性兵士の教官が念入りに剣術の研修を受けていた。
じょ、女性のほうが厳しいかもぉ~!
それに魔法攻撃耐性を取得する訓練にはカリアーナさん自ら参加して、死ぬ一歩手前まで初級魔法を彼らに放っていた。時折股間に魔法が当たっているのは偶然だと思いたい……。
そんな彼らを見ているのが辛くて、俺は早めに王都で仲間と合流することにした。そしてジジとの結婚の準備をして、エクス群島で結婚してから今後のことをゆっくりと考えようと思ったのである。
帝国のダンジョンは急ぐ必要ないしなぁ~。
そのことを話すと今度はメイが泣きだしてしまった。メイはピピだけじゃなくエアルや
さすがにメイを連れていけないよなぁ~。
そんな俺の考えはあっさりと覆された。
サーシャさんがこんな機会は滅多にあることではないから、それなら一緒に王都に行きたいと言い出したのだ。
ランガに留守番を任せ、サーシャさんも一緒に王都へ行くことが決まった。そして俺達が王都を旅立つときに、サーシャさん達をロンダに送り届ける。そんな話が俺の知らないところで決まっていたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
俺達が王都に出発する日。ロンダの町の住人すべてが俺達の見送りにきたような大騒ぎになっていた。
町の門で軽く挨拶して出発する予定で、いつものように少しだけ移動してからD研にみんなを入れてフライで飛んでいくつもりだった。
しかし、町の外まで住民が見送りに出てきてしまったので、みんなの前でD研を開き、堂々とフライで飛んでいくことにした。
「テンマ君、いつでもこの町に戻ってきてほしい。せめて
俺を追い詰めるんじゃねぇーーー!
アルベルトさんが挨拶で余計なことを言い出した。
ドロテアさんや、笑顔だけど目が笑っていないよぉ~!
「ま、前向きに検討いたします……」
政治家の答弁かぁーーー!
「ああ、急ぐことはないからね」
アルベルトさんは笑顔で答えたが、ドロテアさんは不満そうな顔をしている。
「テンマ! サーシャやメイに手を出すなよ!」
「ルカに手を出したらころ、……許さないからな!」
ランガとグストが領主であるアルベルトさんを押しのけて話しかけてきた。いつの間にかルカさんも一緒に王都に行くことになっていたのだ。
「安心しろ。婚約したばかりの俺がそんなことすると思っているのか。それよりも王都には金持ちや冒険者のイケメンがたくさんいるんだ。そのこと気にしたほうがいいんじゃないか?」
俺の話を聞くとランガとグストは顔色を変え、それぞれの奥さんに詰め寄っている。王都に行くなとか一緒に行くとかと二人は騒いでいる。でもすぐに奥さんに叱られて引き下がっていた。
そこにラコリナ伯爵の息子であるマルコが話しかけてきた。
「テンマ様、研修は信じられないほど辛いですが、アーリン様があれほど強かった理由がわかりました。私も負けないよう頑張りたいと思います!」
んっ、アーリン?
そういえばアーリンとは三年前に王都の学園に入る前に会ったきりだ。確かマルコもアーリンと同じ年齢だから一緒に学園に通っていたのだろう。
あれっ、なんでマルコはアーリンを様呼びなんだ?
少しだけ気になったが、それが貴族の礼儀なのだろうとその時は思った。そして久しぶりに王都でアーリンに会えるのも楽しみだなと思う。
アーリンは才能の塊だったからなぁ~。
どれほど成長したのか楽しみだ。
それからもカロンさんや猫の
見送りに来た人達や住民の人達はD研を見ても驚いた雰囲気は少しもなかった。
ロンダではすでに俺のチート能力で驚く人はいないなぁ~。
町の人達が俺を受け入れてくれているような感じがして嬉しくなる。
D研を閉じると
「ロンダは俺の第二の故郷です! 必ず戻ってきますのでその時はよろしくお願いします!」
するとテンマとテックスの入り混じった声援が聞こえてきた。それはすぐに驚くほどの大合唱になる。
俺は涙が零れそうになり、それを誤魔化すように大きく手を振り、ゆっくりと王都に向かって移動を始めたのだった。
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