第10話 あれから色々あったけど……

今日でこの世界に来て一年が過ぎた。たった一年ではあるけど、前世では考えられないほど濃密な一年であっただろう。


王妃様一行がエクス群島に来て、すでに一ヶ月以上が過ぎた。王妃様はこの島の生活が気に入り国に帰るのを嫌がっていた。先に護衛の兵士達だけ国に送り返し、一ヶ月近くこの島で生活していた。


しかし、いつまでもこの地に滞在することは許されない。王妃とエクレアさんはアンナのルームに入って、ドラ美ちゃんにアンナが乗って1日でヴィンチザード王国の王都近くまで移動した。そして護衛兵士と合流して王妃様達は王都に帰った。


レイモンドとエクレアさんは短い間に結婚することが決まったが、エクレアさんは王都の研修施設の引継ぎなどするために王妃と戻っていった。たぶん三ヶ月から半年ぐらい先には戻ってくるだろう。


ドロテアさんやミーシャ達は全員がこの島に残っている。


ドロテアさんは驚くほど問題を起こさずに過ごしていた。問題を起こす相手が居ないのもあるが、エアル3姉妹と本当に仲良くなり一緒にお互いの魔術を教えあって、それに集中しているのもあるのだろう。俺に対する暴走もなりを潜め、ジジを先に俺とくっつけようと画策していたが、ジジが余裕であしらっていた。


俺はミーシャ達とダンジョンで訓練と探索をしていた。昨日まで十日間ほどダンジョンに潜っていたが、今日は休養日として過ごしていた。


「テンマ様と会ってからもうすぐ一年になるのですねぇ」


俺はジジ膝枕をしてもらっていた。ジジは優しく俺の頭を撫ぜながら呟くように言った。


ジジとはあと一ヶ月半ぐらいで出会って1年になる。多少の違いはあるが、同じようなことを考えていることに驚きながらも嬉しかった。


私は答えることなくジジ膝枕を堪能し続ける。


「ふふふっ、一年前の今頃はピピをどうやって守ろうか考えるしかできなかったのに、こんなに幸せで良いのですかねぇ」


俺は声に出さずに良いのだと言ってあげた。ジジも俺に尋ねたわけではなく、独り言のように話しているからだ。


俺もこんなに穏やかな日々が続いて良いのかと考えていた。


前世は間違いなく幸せではなかった。


研修時代は楽しかったが、後半は寂しさに圧し潰されそうであった。


そして、この世界に来てから色々なこともあった。大変だったが、毎日が充実していて楽しいとハッキリ言えるだろう。


ドロテアさんなど個性豊かな人も多いのは大変だが、それでも楽しいと言える!


チート能力にも満足している。不満は女性に対するチート能力がまるっきりないことぐらいだろう。それでも前世では33歳のときよりは進歩していると自分では思っている。


ジジ膝枕の心地良さに、再び眠りそうになったところにバルドーさんがやってきた。



   ◇   ◇   ◇   ◇



バルドーさんもようやくエクス自治連合の引継ぎが完全に終わって、島の拠点にいることが多くなった。仕事の引継ぎはとっくに終わっていた。しかし、先日まではドラ美ちゃんに乗って、各自治領にレイモンドを紹介して回っていたのである。


「テンマ様、ホレック公国の使者がレイモンド殿の所に来られたようです」


え~、そう言われてもなぁ~。


「もうマッスルは必要ないでしょ?」


「ええ、マッスル様が出る必要はありません」


それからバルドーさんが各自治領主から聞いた話を交え、ホレック公国の現状を話してくれた。


ホレック公国では王族や貴族がこれまでの生活を維持するために重税を掛けたらしい。それは明らかに公国に住む人々に不安を与えることになったようだ。


食料の輸入元であるヴィンチザード王国との間にエクス自治領があることによって、関税などで食料などが高騰していた。それに追い打ちをかけるように重税を掛けたことで、食料は驚くほど高くなってしまったのだ。

それまで普通に暮らしていけた労働者階級は生活が成り立たなくなり、半分はエクス自治領や自治領経由でヴィンチザード王国に仕事を求め、

国を捨てしまったのである。


ホレック公国の唯一の収入源となるダンジョン島でも食料が値上がり始めた。そこに重税の影響でダンジョン素材は買い叩かれ、冒険者も収入が減ってしまった。

そんなタイミングで、ヴィンチザード王国のダンジョンで階層を移動できる部屋が見つかったと情報が届いたのである。

追い詰められていた冒険者たちは挙ってヴィンチザード王国へ拠点を移動しようと行動を始めた。そうなるとダンジョン島の収入は落ち込み、ホレック公国はさらなる税金を掛けたのである。


「まあ、自分達でますます追い詰められるような悪手を、次々と打っているようですなぁ」


う~ん、馬鹿でも最悪な施策だと分かりそうだけど……。


「それならもう無視すれば?」


「そのですが、使者にはあの宰相も一緒に来ているから様子を見に行きませんか?」


バルドーさんが何を考えているか分かった気がする。追い詰められた彼らが、どんな様子でどう出るのか見てみたいということだろう。


……俺も見てみたいなぁ。


「ちょっと気になるけど、マッスル仮面になるのは嫌だなぁ」


「それならテンマ様として普通に立ち会ったらどうですか?」


え~と、そんなことしても良いのだろうか?


下級役人か使用人として紛れ込むのもアリかぁ。


その辺の調整はバルドーさんに任せて話し合いに同席させてもらうことにした。



   ◇   ◇   ◇   ◇



バルドーさんはレイモンドの執事として、俺は新人警備兵として使者との話し合いに参加することになった。


俺はレイモンドさんの後ろに控える護衛の振りをして様子を窺う。


レイモンドの横にはレーラさんが座り、二人にバルドーさんがお茶を出している。

対面には目の下に隈のある宰相と二人の貴族が座っていた。その後ろには十名ほどの役人か下級貴族がいた。護衛はどうせ武器を奪われるか、機嫌を損ねないように連れてきていないようだ。


外海にはホレック公国の旗をした船が二十隻ほど見えている。


「マッスル殿やムーチョ殿は?」


あっ、歯がある!?


宰相は普通に話していた。俺は入れ歯でもしているのか口が気になって仕方ない。


「いえ、同席しません。まずはエクス自治連合の執政官である私、レイモンドが話を聞いてから、必要に応じて盟主であるエアル様にお話しをします」


宰相達はホッとしたような表情を見せていた。


「殿下、ホレック公国は」


「使者殿、私は殿下ではありません! まずはお互いの立場をはっきりさせるべきではありませんか?」


宰相は自分の話を無視してレイモンドが話したことにムッとして話した。


「立場などお互いに知っているではありませんか。今さら回りくどい話はおやめください!」


レイモンドは宰相の返答を聞くと冷静に答えた。


「それはエクス自治連合の執政官ではなく、ホレック公国の元王子である私に会いに来たということですか?」


ククク、意地悪な質問の仕方だ!


宰相はレイモンドに元王子としてホレック公国寄りに交渉してもらいたいのだろう。それに気付いたレイモンドがそれは別だよと返したのだ。


それでも宰相は食い下がる。


「エクス自治連合の執政官であるレイモンド様に、ホレック公国の元王子という自覚を持って、話をしてもらいたいのです!」


おお、宰相も頑張るねぇ。


「そうですか……、私は構いませんがよろしいのですか?」


「もちろんです!」


いやいや、なに簡単に返事してるのぉ?


「わかりました。では、エクス自治連合の執政官でありますが、ホレック公国に人質として見捨てられた元王子としての気持ちを入れて交渉を始めましょうか!」


レイモンドはバルドーさん並みの悪魔の微笑みを顔に浮かべながら答えた。


バルドー株、きたぁーーー!


宰相は口を開いた状態で固まり、一緒に来た貴族や役人たちは真っ青に顔色を変えていた。


あっ、差し歯だ!


宰相の口から一本歯差し歯が取れて机の上に落ちた。


俺は笑うのを必死に堪えながら考える。


宰相は自分達の安全のために、レイモンドを引き渡したことを忘れていたのであろうか。それとも、それは当然のことで、売り渡しても自分達のいうことを聞くのも当然と思ったのだろうか……。

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