第24話 交渉の準備?

王国と嫁の件は封印するように全員に命令する。エアルだけでなくジジも悲しそうな顔をしたのは胸が痛んだが、俺にこの件をまとめるスキルは皆無なのだ。


ジジと目が合って、顔が熱くなるのが分かったが、今はそれどころじゃない。


エアルは唇を尖らせて不満そうにしている。リディアは大量のオークカツ料理で満足したのかご機嫌である。ジジはすでに落ち着いたのか、食後の片付けを始めている。


誤魔化すようにムーチョさんに話した。


「そろそろ交渉に向かいますか?」


「そうですなぁ。交渉が始まるまで時間が掛かる可能性もあります。早めに行きましょう」


時間が掛かる?


少し気になったが、ムーチョさんに任せておけば大丈夫だと思い準備を始める。


「トラジション!」


そう唱えると衣装とが変わり、仮面を着けた姿になる。


シークレットブーツで身長が15センチ近く伸び、全身にタイツのようなボディスーツを纏う。

ボディスーツは薄手の生地に見えるが、実はマッチョに見せるパッドが入っていて、まるで黒耳長族のマッチョーズのような体形に早変わりだ。全身を真っ黒なボディスーツを着て真っ赤なマントを着けている。これが青いタイツに胸にマークがあれば、あのスーパーヒーローになるだろう。


「トラジション!」


隣でムーチョさんも変身したようだ。基本はバッチコーイ仮面だが、黒耳長族の耳を模したサングラス仮面に変更してある。


この姿で黒耳長族として交渉することになる。


「カッコいいのじゃ~、マッスル! マッスル! マッスル!」


エアルは機嫌が良くなったのか、また、マッスルコールを始めた。


可愛いけど、それは止めてくれぇ~!


膝枕、モフモフ、ふぅ~。


それほど暴走する気配は無いようだ。それでも危険なのは変わらない。


「悪いがそれは止めてくれないか」


それほど厳しくなく普通に話したはずなのに、エアルは怯えるような表情をして、マッスルコールを止めた。


「ジジィ~、マッスルがイジメるのじゃ~」


おいおい、なんでそうなる?


「マッスル様、声が低くなり威圧が籠っています」


ムーチョさんに指摘されて思い出す。悪魔王の時は声がロボットのようになったので、今回は声が低くなるだけにして、同じように威圧は声に籠るようにしたのだ。


「こ、これでどうかな?」


今回は威圧の強度を調整できるようになっている。半分ほどに威圧を抑えて尋ねる。


「それでも威圧は感じますが、それぐらいのほうが交渉には良いでしょう。エアル様、この声に慣れてください」


「う、うむ、最初の声は恐かったが、それぐらいなら逆に悪くないのじゃ」


どう悪くないのか気になるが……。


「それでは行きましょう!」


ムーチョさんの指示に従い、D研を出てドラ美ちゃんに乗る。エアルが前より顔が赤くなったのだが、気にするのは止めることにした。



   ◇   ◇   ◇   ◇



ドラ美ちゃんに乗って、1時間もしないうちに公都が見えてきた。ドラ美ちゃんはノリノリで海に旋回して進み始めた。そしてまた向きを変えて海側から公都に侵入するコースをとる。


公都の港には、逃げていったホレック公国の船と同じような船がたくさん係留されている。


ドラ美ちゃんは海面すれすれまで高度を落としたので、後方ではソニックブームが発生し、水柱のように海水が吹き上がっていた。ドラ美ちゃんは港の手前で少し高度を上げて公都上空を飛んで行く。


ソニックブームで船が破壊されていた。


え~と、船を破壊する予定とかあったのかな?


横ではムーチョさんが楽しそうに手を突き上げて叫んでいるのが聞こえる。


「バッチコーーーイ!」


これって計画なの?


しかし、そんな疑問も前に見える城を見て吹き飛ぶ。


えっ、城を破壊するの!?


思わず目を閉じると、急激に旋回したのを感じる。目を開けるとドラ美ちゃんは城の手前で旋回したのか城は破壊されず、高度を上げて公都上空を旋回している。


でも……、城から破片が飛び散っているよね……。


城の兵士たちは怯えて倒れている者や、何かに祈っている姿も見える。テラスのようなところでは綺麗なドレスを着た女性たちが泣き叫んでいるのも見える。


「ドラ美! ドラ美! ドラ美!」


エアルが今度はドラ美コールを始めた。


『もういっちょう、いっとく?』


やめろぉーーーー!


「いえいえ、脅しはあれで十分でしょ」


いやいや、あれは脅しではなく、先制攻撃だよね!?


公都の街中でも人々が騒いでいる姿が見えている。


「では、マックス様、例の魔法をお願いします」


ふぅ、もう任せるしかないよねぇ……。


俺は自分で創った魔法を発動するのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



公王は重臣たちと会議をしていた。


会議室にはソファやテーブル、酒を出すカウンターもあり、各々が好きな場所でくつろいでいるだけである。会議とは名ばかりの、どこかのサロンのような雰囲気である。


公王はメイドという名の下級貴族の娘たちを侍らせて酒を飲んでいた。


「た、大変です。ドラゴンがこちらに向かってきます!」


テラスに出ていた役人が会議室内に飛び込んできて叫んだ。


しかし、少しだけ動きを止めていた重臣たちも、冗談だと思ったのかすぐに笑顔を見せる。


「ドラゴンが海側に方向を変えていきました!」


今度は兵士がテラスから入ってきて叫んだ。


この時になりようやく半分近くが冗談ではなく、本当にドラゴンが来たのだと気付いた。そして、それなら見てみたいと我先にテラスに飛び出していく。

公王や宰相もドタドタと太った体でテラスに走っていく。


公王は海上に見えるドラゴンらしいものが見て言った。


「なんじゃ、あれがドラゴンなのか? 儂の威光に恐れをなして逃げて行くではないか。ぐはははは」


公王のその笑いに、合わせるように重臣たちも笑い出す。大半の重臣たちは、内心ではドラゴンがここに来なくて良かったと、胸を撫で下ろしていた。


「あっ!」


兵士が思わず声を上げる。それまで笑っていた公王や重臣たちも、兵士の声を聞いてまたドラゴンを見る。


距離のせいか、ドラゴンが方向をゆっくり変えているように見える。そして明らかに自分達のほうに向かってきているのが分かった。


重臣たちは内心で「公王が余計なことを言ったからだ!」と思っていた。公王もまさか自分が余計なことを言ったせいなのかと不安に思っていた。


そして、また向きを変えるのではないかと、全員が唾を飲み込みドラゴンの動きを目で追う。


ドラゴンは徐々に高度を下げ、水柱を上げ始めた。


墜落するのかと思い。墜落してくれと願い。そして海軍の船に突っ込みそうになる。


それを見て何人かは船が壊れると心配して、何人かはドラゴンの素材が手に入ると考えた。


しかし、ドラゴンは船にぶつかる寸前に高度を上げた。その影響で船が幾つも破壊されているのが見えた。


そして、全員が間違いであってくれと祈り始める。ドラゴンが真っ直ぐ自分達に向かってきていると思ったからだ。


そして、間違いなく自分達に向かってきていると悟った何人かが、逃げるように室内に走り始めると、全員が走り始める。

何人も慌てて転び、その転んだ人に躓いてまた転んでいる。公王が転ぶと同時にドラゴンが城をかすめて飛んでいった。その影響なのか城の外壁の一部が吹き飛んでいた。


「た、助けてくれぇ~」


公王は倒れて混乱したのか、ジタバタと転んだ状態でもがいて叫んでいた。


しかし、誰も助け起こすことはなく、会議室に入った者は出てこず、自力で立ち上がった者は会議室に逃げ込んでいた。そしてすぐに上空に目をやる。


ようやく自力で起き上がった公王は、会議室まで戻ると怒鳴りつける。


「よくも余を見殺しにしようとしたな。全員極刑にしてやる、覚悟しておけ!」


しかし、誰も公王の話など聞いていなかった。誰もが上空を見たまま何かを目で追っていたからだ。


公王もようやくそれに気付くと振り返り見上げた。


公王の目にドラゴンが公都上空を旋回しているのが見えた。そして、どこからかその声が聞こえてくる。


『愚かなホレック公国の王族と貴族よ、公都を滅ぼしたくないならしっかりと聞くのじゃ!』


それは紛れもなく女性のそれも幼い声だった。

その声はどこから聞こえるのか分からないが、大きな声でもなく、普通に人と会話しているような声だった。そしてそれは室内にいようが外にいようが場所に関係なく公都のすべての人に声は聞こえていたのだった。

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