第22話 仮面の暴走
パニックになっている領主たちは無視して、ドラ美ちゃんからエアルを抱えて飛び降りる。ダガード子爵の手前まで行くと、テーブル位の高さの台を出して、その上にエアルを乗せる。
「あ、ありがとう、なのじゃ……」
また、耳まで真っ赤にして言うなぁーーー!
「ほう、これはどういうことですかな?」
バッチコーイ仮面を着けたムーチョさんがいつの間にか隣まで来て話し始めた。
「黒耳長族の代表であるエアル様が、ドラ美様と一緒に訪問したというのに……。あそこの者達はあのような姿勢でお迎えをすると言うのですか?」
おうふ、ムーチョさん演技が凄いーーー!
(ゴミくず共は礼儀も知らないようだなぁ)
あれっ、なんか変な声が頭の中に聞こえる……。
「も、申し訳ありません。寛大にも兵を差し向けた我々をお許しになられた、エアル様やドラ美様、そしてマッスル様を疑っているようなのです!」
ダガード子爵も乗っかったぁ~!
(それなら愚か者どもは皆殺しにしろぉ)
まさか、俺の心の声!?
「そんな連中は必要ありませんねぇ。……ホレック公国と一緒に殲滅してしまうほうがよろしいでしょうかねぇ?」
ムーチョさんが更に脅すと、見覚えのある5名が慌ててダガード子爵の後ろに跪いて話し始めた。
「お許しください。我々が主にしっかりと説明ができていないだけでございます。何とか説得します。もう少しだけお時間を下さい!」
え~と、本気? お芝居?
(今さら遅いわぁ!)
彼らは口々に謝罪と懇願を繰り返す。それはどう見ても演技に見えないほど必死に訴えているのだ。
そして自分の中にもう一つの人格があるような感覚に混乱していた。
「あなた達の主は、こちらのエアル様が寛大な条件の賠償で済ませると提案したのに、断るというのでしょう? 提案を断るということは、殲滅されることを選んだということでしょうねぇ」
(クククッ、滅んでしまえ!)
抑えろ! 抑えろ! 抑えろぉ! 危険な人格が暴走しそうだぁ!
すると、先程まで尻もちをついて漏らしていた老齢の男が、飛び跳ねるように起き上がった。そして、彼らの後ろで土下座して謝罪を始める。
「お、お許しください! 信じられない話がいくつかあっただけでございます。それも、今は全て解消して、喜んで提案を受けさせてもらいます。どうか、どうか、お許しください!」
すると庭にいたすべての人々が同じように平伏して謝罪を述べ始める。
「それなら問題ないのじゃ。私はオークカツさえ作れれば不満はないのじゃ!」
おいおい、そんな話かよ!
黒耳長族はドラゴン姉妹と同じ思考に傾いていないか!?
何とか別人格的な思考は少し治まった。
「そうですか。エアル様がお許しになるなら仕方ありませんねぇ」
庭にいた全員にホッとした雰囲気が広がる。
そして庭の様子を窺っていた、島から戻った兵士たちが歓声を上げている。
彼らの頭がおかしいと言われていたのだろう。それに今回の提案は決して彼らにも悪い話ではない。エクス自治連合になった加盟すれば、生活も安定することになるはずだ。
「マッスル……」
兵士の中から声が聞こえてくる。
「マッスル」
同じ様に声にするものが出てくる。
や、止めてくれ、なんか気持ちが高揚してくる……。
「マッスル!」
そしてエアルが彼らのほうを向くと、拳を突き上げ叫んだ!
「マッスルゥーーーーー!」
「「「マッスルゥーーーーー!」」」
(ヤバいよ、ヤバいよぉーーー!)
「「「マッスル! マッスル! マッスル!」」」
(アァーーーーー!)
お待たせぇ~!
「皆の者ぉ~、安心するが良い! お前達の事はこのマッスルが守ってやるぉ!」
「「「ウオォォォォォ!」」」
「その証拠に、英雄エクスの幻の技を見せてやる!」
(おさえ……られない!)
「マッスルゥーーーーーーーーーーーー、ハアッ!」
(やっちまったぁ!)
海に向かってこれまで込めたことのない大量の魔力を込めてマッスル弾を放ってしまった。
しかし、魔力の見えないその場の人々は、何も起きないことにキョトンとしている。
ドゴォーーーーーーン!
着弾まで時間が掛かったのか、だいぶ離れた海が爆発した。まるで海底火山が噴火でもしたように、海水が巻き上げられまるで噴煙のように真っ白な煙が見える。
そして、全員が気付く、その爆発の勢いで大きな津波が起きていることに……。
人々は真っ青な表情になり、腰が抜けて逃げることもできないようだ。
待て、待て、待ってぇーーーーー!
「マッスルゥーーー、ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ!」
連続でマッスル弾を放つ。その数は自分でもよく分からないほどだ。
放ったマッスル弾は次々と津波に当たり、衝撃で津波が消えていく。見える範囲の津波が消えると、その場は静寂に包まれた。
「「「ウオォォォォォ!」」」
一瞬の静寂の後、大歓声が起きた。
俺は大量の魔力を消費して、脱力感に襲われる。それと同時に自分の中で生まれたもう一つの人格が消えていることに気付く。
なんなのぉ~!?
自分でもよく分からない状況に混乱する。
しかし、この場でまた暴走を始めたら洒落にならない。俺は1人でドラ美ちゃんに脱力感を堪えながら飛び乗る。そしてエアルとムーチョさんに言う。
「明日の朝に迎えに来る。後の事はお前達に任せる、頼んだぞ!」
エアルは拳を突き上げて応えてくれた。ムーチョさんは跪いて頭を下げた。
ドラ美ちゃんに念話で飛び立つようにお願いする。
やっちまったぁーーーーー!
ドラ美ちゃんにしがみつきながら仮面を収納すると、心の中で叫んだ。
自分でもなぜそんなことをしたのかよく分からない。悪魔王事件の時よりも暴走する意識が、まるで別人格のような感じがした。
肉体に引っ張られて精神年齢まで若返ったと気が付いていたが、前世の妄想やゲーム脳、それこそ中二病まで発症したような人格の気がするぅ。
そろそろ、自分がへんな呟きをひとりで言い始めるのではと不安に感じる。
その日は崖まで移動すると『どこでも自宅』に戻り、すぐジジに膝枕をしてもらいながら、気持ちを落ち着けるようにするのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、目を覚ますと暗いうちから、仮面を着けて別人格が出ないように気持ちを落ち着ける訓練をする。
膝枕、モフモフ、膝枕、モフモフ……。
ジジの膝枕とシルのモフモフを思い浮かべれば、何とか気持ちが落ち着くようだ。
たまにアンナのお色気膝枕や、リディアの灼熱膝枕が頭に浮かぶと、精神的に不安定になる。それでも別人格が出ることはなさそうなのでホッとする。
やはりジジの膝枕とシルのモフモフは最強だ!
ジジの朝食を食べると、明るくなる前に出発する。
同じ経路でダガードの港に向かい、ダガード子爵家の屋敷に到着する。すでに庭にはたくさんの人々が平伏して待ち構えていた。
ドラ美ちゃんが庭に降り立つと、エアルとムーチョさんが近づいてくる。
「すべては計画通りでございます。なにも問題はありません!」
「料理人を島で鍛えることになったのじゃ。小麦も大量に譲ってくれた。本当に親切な人ばかりじゃ。ホレックは酷い人族ばかりと思っていたが、ここは親切な人達ばかりだったから安心したのじゃ!」
いやいや、それは親切じゃなく、恐がっているからだと思うよ。
「我々はすべてマッスル様に忠誠を誓うことに同意しました!」
ダガード子爵が不穏な事を言い始める。
マッスルに忠誠を誓うのは違うからぁ~!
うん、面倒臭い連中は無視して出発しよう。
「出発しよう!」
そう言うと、エアルが耳まで真っ赤にして両手を上げる。幼子が大人に抱っこをおねだりしているみたいだ。
いい加減にしてくれ、耳まで真っ赤にするなぁーーー!
心の中で叫びながらも、仕方ないので両脇を抱えてドラ美ちゃんに飛び乗る。ムーチョさんも後に続いた。
「よろしいですね。昨晩話したことを必ず守ってください!」
ムーチョさんが平伏する人達に言い放つ。
「「「ははあー!」」」
どんな事を話したのぉ~!?
気になることはたくさんあるが、何故か庭のみんなが立ち上がり胸に手をやると、マッスルコールを始めた。
危険を感じた俺はすぐに念話でドラ美ちゃんに飛び立つように指示する。頭の中でジジの膝枕とシルのモフモフを思い浮かべて何とか暴走はせずにすんだ。
ドラ美ちゃんの背中の上で、遠くに聞こえるマッスルコールを早急に禁止にしようと心に決めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます