第8話 2人の駆け引き
キースは改めて作戦を練り直そうと考えながら宿を出る。すると目の前に代官屋敷の馬車が止まった。中から執事のアルフレッドが出てきた。
「まさか、これほど愚かだとは思いませんでした!」
アルフレッドの発言にキースだけでなく護衛の兵士たちも驚く。いくらベルタ伯爵からお目付け役を頼まれたといっても、基本的には執事である。仕える相手に愚かと言うのはさすがに言い過ぎだと思ったのである。
「いくら父上の命令で来たとしても、その発言は許せんぞ!」
キースは顔を真っ赤にして剣に手を置いた。
「そうですか。あなたが許せないのは構いません。私はあなたの代官の解任とベルタ伯爵家から追放する命令書をベルタ伯爵から預かっております。ベルタ伯爵からは私の判断でそれらを使って良い言われています」
アルフレッドの発言にキースは目を剥き、護衛達も驚いた。しかし、護衛達はあの厳格なベルタ伯爵がキースの行動を許していたことに疑問を感じていた。すぐにアルフレッドの話に納得した。
キースは父親が前回の件を見逃し、後始末まで手伝ってくれたことで、貴族家として許される範囲だと勘違いしていたのだ。
だが、執事にそのような命令書を渡しているとなると、これ以上の失策を許さないということである。同じような事をすれば間違いなく伯爵家から追い出されるだろう。
しかし、キースが考えたのは自重する事ではなく、今回だけは何とかやり過ごそうと思ったのである。すでにキースはアンナの虜になっていた。アンナさえ妻にできれば、今後は女遊びを止めようとさえ思ったのである。
「ま、待て! なんで謝罪に行くのが問題なんだ!?」
キースは剣から手を放しアルフレッドに反論する。
「では何故訓練すると嘘を言って、謝罪に来たのですか?」
「う、嘘ではない! 訓練に向かっている時に早めに謝罪が必要だと思ったのだ!」
「そうですか。それなら私に声を掛けてからでよろしいのでは?」
「は、早い方が良いと思っただけだ!」
「ふむ、それでは相手に失礼の無いように謝罪できたのですね?」
「も、もちろんだ!」
キースは動揺しながらも言い切った。
「あなた達は一緒にいましたね。全て説明してもらいますよ」
アルフレッドは護衛の兵士たちに話しかける。それを見てキースは文句を言う。
「お、お前は私の話を信じないのか!」
キースは何とか誤魔化そうと強気に出る。
「信じられませんね!」
「なっ」
アルフレッドの言葉にキースは絶句する。しかし、主導権はアルフレッドに握られているのであった。
代官屋敷に戻り、護衛から報告を受けたアルフレッドは呆れるしかなかった。
「これで信じろと言うのですか?」
「すまん悪かった。謝罪したいという思いが先行して……」
アルフレッドは目の前のキースが素直に謝罪したのを見て、何とかこの少年を更生できるかもと考えた。
それにまた失礼なことをしたとはいえ、今後は彼らと簡単に接触できないだろうと思ったのである。
(向こうには優秀な執事が付いているようですね)
相手に執事が付いていると知って驚いたが、上手くキースをあしらったようなので安心する。
(しかし、伯爵家の家名に恐れるどころか逆手に取ってくるとは……)
相手が予想以上の立場ではと不安になる。これ以上は接触を避けるべき相手だろうとアルフレッドは考えるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
しかし、説教されながらもキースはずっと考えたことがある。
相手は貴族か王族の可能性が高く、最近噂になっている王都の事件を結び付けたのである。
さすがにアルフレッドをこれ以上欺けば、自分の未来はない。よくて今の妾の商会に放り出されることになるだろうと思った。
何とかアルフレッドを説得しようと、頭を働かせて得た結論を話し始める。
「アルフレッド、私は確かに少しやり過ぎたと思っている。しかし、私が考えた話を聞いて意見を聞かせてくれないか?」
アルフレッドはキースが殊勝な感じで自分に意見を求める姿に希望を見出す。
「なんでしょうか?」
キースはあの一行が貴族か王族だと思ったことを話す。そして本当の主は女性で、間違いなく人に知られないように行動しているのだはないかと話した。
「確かに執事まで居るとなるとその可能性は否定できませんなぁ。しかし、だからといってキース様がそれを追及したり探ったりする必要があるとは思えません。数日中にこの地を去るのであれば問題無いでしょう」
アルフレッドはキースが少ない情報からそこまで考えたのは凄いと思うが、だからといって彼らにかかわる理由にはならないと思った。
しかし、キースは更に話を続ける。
「確かにその通りだが、彼女があれほど身分を隠すのは不自然だ! 私は逃亡犯の可能性があると考えているのだ!」
アルフレッドは面白い想像だと思ったが、それだけでしかない。
「想像するのは構いませんが、何の証拠もない想像でしかありません。町に迷惑を掛けたり犯罪をしたりしたわけでもありません。代官であるキース様が何かをする理由にはならないと思います」
「確かお前は王都から来たはずだ。最近王都で何が起こったのか私より知っているのではないか?」
キースはアルフレッドがベルント侯爵家で執事をしていたことは知らなかった。ベルタ伯爵からもそれを話す必要はないと言われていた。
「もちろん知っています。間違いなくキース様より詳しく知っています」
「それなら奴らが王都で問題を起こした貴族の残党とも考えられるのじゃないか。いや、その可能性が高い! だから国のために彼らを監視して、場合によっては捕縛する必要があると俺は考えたのだ!」
キースは王都の悪魔王事件の関係者の可能性があることにしたかった。違ったとしても代官としての職務で調べられると思ったのだ。
もし本当にそうだとしても、それなら彼女を犯罪者として犯罪者奴隷にすればよいのだ。
何としても彼女を手に入れたいとキースは考えた策だった。
アルフレッドは自分の記憶を探ってみても、今回捕まったベルント侯爵と一緒に不正を働いて捕まるほどの貴族に、あの少年や女性のような存在はいなかった。捕まった貴族はほとんどがアルフレッドの証拠で捕まったのである。その家族も彼は調査していたのだ。
「それはあり得ません! すでに問題のある貴族は家族まで捕まった筈です」
そのことは宰相やベルタ伯爵から聞いていた。まだ少しだけ家族や関係者を捜していると聞いていたが、彼らはそれに当てはまらなかった。
「執事のお前がどれほどのことを知っているというのだ? 別に関係者でもないお前の知らないこともあるはずだ!」
(関係者でございますよ。ふふふっ)
「確かに知らないこともあるでしょう。しかし、キース様より知っております。彼らを気にかけるのは構いませんが、無理に代官の仕事として彼らに接触しないようにしてください。もし本当に代官として彼らと絡むことになっても、必ず私に報告してください。そして会うことになれば私もご一緒します。よろしいですね?」
キースは憶測ではこれ以上アルフレッドを説得することは無理だと諦めて頷く。
しかし、それでも何とか彼女らと接触できる方策を考えるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
朝食を終えるとバルドーさんは筋肉冒険者と出かけていった。
俺は宿の主人にもう1泊すると伝え料金を支払う。宿の主人は悲しそうな表情をしていた。
一度部屋に戻ると、今日の予定を確認する。
「これから周辺で魔物を狩りながら様子を見に行こうと思う」
代官が去ってから、筋肉冒険者から最近魔物が頻繁に町の近くまで来ると聞いていたのだ。それもホーンラビットより上位の魔物が群れで出るという話だった。
それならハル兵衛のダイエットにちょうど良いし、今後の旅の様子も分かるので狩に行くとジジとアンナに伝える。
狩となればジジやアンナは基本的には何もしない。まあ、アンナはこれ以上レベルを上げても仕方ないし、ジジは無理にレベル上げせずに能力の向上やスキルの熟練度アップだけで充分だ。
「それなら私達も一緒に行きます。宿に私達で残るのはあの代官のこともあるので嫌です。それに先に『どこでも自宅』に入ると、誰か部屋に来た時に問題になります。
町の外に出てから『どこでも自宅』に入れてもらうのが、一番よろしいかと思います」
アンナの提案になるほどと思う。
「うん、そうしよう。ハル兵衛とピョン吉は町から出てから外に出そう」
それぞれが準備を終えると町の外へ向かうのだった。
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