SS ある執事の物語

ベルント侯爵家が元老院の元老院議長になる前から、ベルント侯爵家に代々私の先祖も仕えてきた。


まさかベルント侯爵家の最後に自分が立ち会うことになり、そして牢に繋がれることになるとは思ってもみなかった。


先代ベルント侯爵も気の小さい人で、若い頃に少しだけ仕えた。しかし、最後のベルント侯爵が成人した時に私は彼の専属の執事となったのである。


彼は若い頃から立場を利用して悪いこともしていた。それでも気が小さく、物事を深く考える人物でもなかったので、大した悪事もすることもなかった。


私はある者にはお金を握らせ、問題が大きくなるのを必死に庇い続けた。それが代々執事として仕える者の役割だと思ったからだ。


それが変わったのはいつからだろう……?



   ◇   ◇   ◇   ◇



先代が亡くなって彼が当主になると同時に、私は筆頭執事としてベルント侯爵家を陰から支える立場になった。


私の影響力は侯爵家内だけでなく、多くの法衣貴族にまで影響力が行使できるようになっていた。


目敏いものは私に個人的に賄賂を贈ってくる。私はそれも侯爵家の収入として役立て、自分の懐に入れることはなかった。それは、私の執事として主家に仕える務めだと信じていたのだ。


そして元老院は不遇の時代を迎えていた。法衣貴族が次々と不正で捕まって行くのである。


それでもベルント侯爵家はそれほど悪質な不正をしてこなかったことで、王宮からの粛清からは免れたのである。


賄賂を贈る法衣貴族や領地貴族が激減したが、不正で粛清されなかったベルント侯爵家には賄賂を持ってくる者は残っていた。それでもこれまでのような贅沢はできないので何度も主であるベルント侯爵に諫言を申し上げた。


少しずつ疎まれだしたのは気付いていたが、それが執事としての務めである。



   ◇   ◇   ◇   ◇



突然風向きが変わった。

毎日のように法衣貴族が侯爵家に賄賂を持ってくるようになったのだ。


ベルント侯爵がデンセット公爵と頻繁に会うようになっていた。侯爵家の屋敷にも公爵が来るようになった。それから少しずつ賄賂を持ってくる貴族が増えた。


デンセット公爵は侯爵を馬鹿にしたような態度をするので、私は好きにはなれなかった。しかし、情けないことに主の侯爵は馬鹿にされていることに気付いていない。私は悲しい思いで自分の主を見ることしかできなかった。


そして、デンセット公爵が侯爵家の従者として、1人の男を送り込んできた。


彼は確かに優秀で、彼のお陰でベルント侯爵家はかつての勢いが徐々に戻ってきた。


私は主人が騙されるのではないか、食い物にされるのではないかと常に目を光らせる。しかし、彼は暴走しそうになる侯爵を諌め、王宮から粛清されないように努めている。

そして元老院議長としてベルント侯爵を立て、元老院の復権に尽力していた。


そして金銭の管理は私に一任してきたのだ。私は驚きながらも不安になる。


あれほど優秀で陰では侯爵を馬鹿にしているのを何度も私は聞いている。そして、用事があると言っては公爵家に頻繁に通っていた。


私は彼の動向や、公爵の思惑を探ろうとしたが、正確な情報は一切つかめなかった。そんな状態が何年も続くのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



何となくデンセット公爵の思惑が分かってきた。公爵は今の王宮を追い詰め、元王族である公爵が国王になることを狙っているのだろう。


何の証拠もないが、その可能性が高いと私は確信していた。


そして、それを実行に移す日も近いと感じていた。これまでは本当にギリギリのところで粛清を免れる不正を続けていたが、それを超えたのだ。


宮廷魔術師筆頭のバルモアを呼んで、一線を越えた行動を始めていた。


私は主のベルント侯爵に諫言する。


「これ以上は王宮からの粛清の対象になってしまいます」


「お前は侯爵家内ことだけ専念すれば良い! 外向きの話に口を出すな!」


「しかし、侯爵家の存続にかかわる問題です! うまくいくとは思えません!」


「うるさい! 口を出すなと私は言ったのだ。これ以上口を挟むなら出ていってもらうぞ!」


すでに主は私の意見など全く聞く気はないようだ。


デンセット公爵も無謀なことはしないだろう。


あの従者の男も何年もかけてベルント侯爵家を盛り立てはしたのだ。簡単に切り捨てることはないだろう。


もしかしたらベルント侯爵家に華々しい栄華が待っている可能性もある。


それでも私は家族と侯爵家で働く者に影響が出ないように準備を始めるのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



ついにベルント侯爵家の最後だろう。


数日前から従者の男はデンセット公爵家に行ったきり帰ってこない。デンセット公爵が病床だと聞いたが、あまりにも怪しすぎる。


そして、主の侯爵の暴走が始まった。


前から得体の知れない男だと思った商人のゲバスは、闇ギルドの人間だった。そんな男に非合法の仕事を侯爵は依頼したのだ。


それは恐ろしいほどの愚かな依頼であった。A級冒険者や国の英雄ドロテア様を敵に回すような依頼が目の前で行われたのだ。


非常識な依頼料を払うように命じられ、私は従いつつも最後の決断が近づいていると考えていた。


妙に機嫌の良いベルント侯爵を元老院議会に送り出す。そして急いで家族に手紙を書く。これまで貯めてきた給金のありかと、すぐに王都を離れるように手紙に書く。そしてベルント侯爵家がしてきた不正の証拠や覚書を整理する。そして最後に、今朝のゲバスとのやり取りを書き記した。


するとこれまでの人生が色々と思い浮かんできて涙が溢れだす。


(私は執事として精一杯やってきたのだろうか?)


そんな思いが浮かんでくる。すると次々とあの時止めていればと色々なことが思い返される。そして最後に浮かんだのは、侯爵が成人して専属執事になってすぐにあったことだった。



屋敷のメイドに酷いことをした彼の後始末をした。私はメイドやその家族に金を握らせて黙らせた。そして彼を注意することなく、そのことを無かったことにしたのだ。


私はあの時に諌めるべきだった。ベルント侯爵家の為にそうすべきだったのだ。


そんなことを考えていると執務室の扉がノックされた。


「入れ」


入ってきた使用人は焦ったように話した。


「王都に悪魔王が出たと大騒ぎになっています!」


私はこの男の頭がおかしくなったかと思った。しかし、事件があった場所を聞くと絶望が自分に襲い掛かる。


今朝、侯爵がゲバスに焼き払うように言った宿だったのである。


私はすぐさま情報を更に集めるように指示を出す。そして他の使用人に家族への手紙を届けるように指示を出した。


やはり今日がベルント侯爵家の最後だったようだ……。



   ◇   ◇   ◇   ◇



それからゲバス商会も悪魔王に襲撃されたと聞くと、屋敷の使用人を全員集めた。


そして全員に悪魔王の最初に目撃された宿のことを伝える。ベルント侯爵が闇ギルドにやらせたことを含めて。


「みんなは使用人として働いていただけで問題ない。しかし、ベルント侯爵家は終わりだろう」


みんなが信じられないような顔をする。


「たった今、全員を解雇する。解雇した証明書を私名義で作ってある。そして多めに退職金を渡そうと思う。さらにベルント侯爵家の悪事に加担していなかった証明書を渡そう!」


全員が冗談ではないと納得したようで真剣に話を聞いてくれた。


それから順番に使用人たちに書類と退職金を渡した。すぐに全員が自分達は巻き込まれたくないと屋敷を出ていった。


私は屋敷の玄関ホールで座ると。悪魔王が迎えに来るのを待つ。


(悪魔王はどんな罰を与えるのだろう)


恐ろしくて、悲しくて、涙が止まらない。


しかし、やってきたのは騎士団であった。私は人に裁かれることが嬉しくて泣き崩れてしまった。そしてすべての不正の証拠を差し出して、捕縛されたのである。



   ◇   ◇   ◇   ◇



私は牢の中で思ったより快適に過ごしていた。


証拠には私の覚書が付けてあったので尋問などはなく、たまに確認をされるだけであった。


そして私は過去のことを思い出しながら、今の私なら執事としてどんな対処をしたのだろうと考えるのであった。


そしていつもとは違う兵士が迎えに来た。


(そろそろだと思っていました……)


ベルント元侯爵も自白したと、牢番が話してくれた。証拠を全てだし、証言は覚書がある。今さら証人として私は必要ない。


死を覚悟して兵士についていく。しかし、すぐに処刑されるのではないと気が付く。これまでの取調室より綺麗な場所に向かっているのだ。


豪華な扉を開けて中に入ると見覚えのある人達が揃っていた。宰相閣下や高位の貴族の人達が5人座っているのだ。


(今さらこのような人達の前で証言する必要はないと思いますがねぇ)


そんなことを考えていると宰相閣下が話し始めた。


「すでにお前の処分は大筋決まっている。しかし、その前に話がしたくてな」


「はい、なんでもお聞きください」


宰相閣下は私が答えると頷いて質問を始めた。


「何故お主は不正の証拠を揃えていたのだ?」


「……最初は保身のためでしょうか。不正を私だけに押し付けられないように身を守るつもりでした」


「ふむ、最初と言ったな。それでは途中から考えが変わったのか?」


「そうですねぇ。すぐに保身をするほどではなく、習慣となって惰性で続けていました。しかし、ここ数年は主人を諌めるために揃えていました」


宰相閣下は少し考えてから、さらに尋ねてきた。


「侯爵を諌めたのか?」


「はい……、しかし、すでに手遅れで集めた証拠は使えませんでした」


宰相閣下は納得したように頷いている。


「なぜ、使用人を全て解雇して、家族にまで王都を離れるように指示したのだ?」


そう尋ねたのはゴドウィン侯爵であった。それを聞いて内心動揺したが説明する。


「使用人は一切事情を知りませんでした。愚かな主の犠牲になるのは気の毒に思いました。か、家族は私の不正を知りません。代々ベルント侯爵家に仕えてきた我が家ですが、息子は別の貴族家で仕事をしています。

本当に家族はまったく事情は知らないのです。愚かな私の犠牲になるのだけは避けたかったのです。どうか、どうか家族だけはお見逃しください!」


全てを諦めた私はどうなろうと仕方ない。しかし、何も知らない家族にだけは迷惑を掛けたくなかった。自然に涙が溢れてくる。


するとゴドウィン侯爵が話し始めた。


「安心しろ。お前の家族がお前の手紙を差し出しておる。お前の家族は何が起きているのかも全く理解していなかったぞ。それどころかお前の身を案じておるぐらいじゃ。

彼らを罰することはない。お前が家族に渡そうとした金も、すでに家族に渡してある」


(おぉ、神よ! ありがとうございます。これで安心して死んでいけます!)


私は泣き崩れてしまった。しかし、すぐにこれ以上迷惑を掛けてはいけないと思い立ち上がる。


それを確認すると宰相閣下が話し始める。


「お前の処分じゃが、証拠を全て提出したことで、その後の対処に非常に役立った。その事で国王陛下が情状酌量するように申された。無罪にすると話も出たのだが、お前の知っている情報は危険なものも多い、だから簡単に釈放もできん!」


まさか国王陛下が情状酌量の話をして頂いた。その事だけで全てが報われる気がした。


「そうですか。私は自分の罪を自覚しています。どのような処分でも覚悟しています」


そう答えると、宰相閣下が見覚えのある貴族と目を合わせる。その貴族が頷いた。そしてそれを確認した宰相閣下は私の方を向いて話した。


「お前には彼の家の執事として働いてもらう。そして暫くは監視させてもらう」


えっ、それが処罰!?


驚いていると、見覚えのある貴族が説明してくれた。


「悪いが色々お願いしたいことがあるんだよ。私の次男だが少し問題のある子でね。その息子の専属執事になってもらう。そして息子のことを報告してくれ。必要なら息子を処罰する権限も与える。あまりにも酷いようなら息子は家から放り出すつもりだ」


「な、なぜ、私にそのような仕事を?」


「はははは、口が堅く完璧な報告書を見て頼めると考えていた。しかし、あのベルント侯爵に諫言した君なら、息子を厳しくしつけることも期待できそうだ。頼めるかな?」


おお、もう一度執事としてやり直せる機会が与えられるのか!


そして同じ過ちは絶対しない。成人したばかりの彼をしっかりとした貴族に育てよう!


「よろしくお願いします。執事としてもう一度やり直せるだけで最高の幸せで御座います!」


全員が嬉しそうに頷いた。そして私はもう一度やり直せることを神に感謝するのだった。

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