第9話 アンナ様?

目を覚まして1階のリビングに行くと、バルドーさんが待ち構えていた。


「バルドーさん、おはようございます」


「おはようございます」


バルドーさんは落ち着いた雰囲気に戻っているが、頬がやつれ目の下には隈ができていた。


「何か用事ですか?」


「はい、ですがテンマ様の大切なお時間を邪魔しては申し訳ありません。存分とシルとイチャついてください」


え~と、目に殺気が籠っている気がするぅ~。


それにシルとはイチャついているのではない。心の癒しを求めているだけだ。


「大丈夫ですよ。少し落ち着いたので、シルモフしながら話しても大丈夫ですよ」


先の見える仕事と旅立つ楽しみ、そして普段見ることのできないバルドーさんの困った顔で、十分癒されている気がするのだ。


「そうですか……。それなら確認をさせてください。本当に予定通り作業は進んでいるのでしょうか? 隣の区画は何も手を付けられていません!」


「え~、それは説明したじゃないですかぁ。建物を先に全部作って、最後に設置すると」


あれから2日ほど経っている。すでに昨晩建物は完成して今晩に設置しても問題ないのだが、設置は明日の夜で調整してもらっていた。


「ですが本当に大丈夫でしょうか? さすがにあの広さを1日で終わらせるのは……」


俺としては全然余裕である。今ある建物は魔法で簡単に回収できるし整地も問題ない。建物は配置して土魔術で地面と繋げれば完成である。


問題があるとしたら、日程を引き延ばした時のバルドーさんの顔を見てみたい欲求に、俺が負けることだ。


なんか気持ちが落ち着いてきて、慌てる必要が無いと思い始めているのが原因だ。


「まあ、予定通り終わると思いますよ。何か予想外のことがあれば仕方ありませんがね」


「ダメです! それだけは絶対にダメです! テンマ様なら予想外のことがあっても何とかできるはずです!」


おうふ、ヤバイ雰囲気だなぁ。引き延ばしたらまずい気がするぅ~!


「だ、大丈夫ですよぉ。ある程度は対処できますから。でも、私も神でないので絶対は無理です……」


「神? 神などいません! なんで土地神が……」


絶対にヤバイ! 追い詰められた表情をしている。


しかし、そこにフリージアさんが姿を見せた。


「バルディ、ここに居たのね。またいいを見つけたわ。今度こそあなたに合いそうなよ。まさかバルディがこんなに好みに煩いとは思わなかったわ!」


バルドーさんは驚くことなく、フリージアさんに話しかける。


「母上、テンマ様と大事な仕事の話をしているのです。お願いだから邪魔しないでください!」


あれほど母親に会えたことを喜んでいたバルドーさんが、露骨に冷たく話していた。


「でもぉ、忙しいと言いながらあの騎士団長には会っていたじゃない!」


え~と、これはどんな会話?


「あれはテンマ様の作業で必要な、隣の区画の人払いをお願いしていたのです!」


「えぇ~、彼は特別な目であなたを見ていたわよぉ。私は別にそういうことには寛容なつもりよ。でもぉ、孫の顔だけ見たいのよぉ」


「くっ、今はその話はお止めください! あと数日は本当に忙しいのです」


バルドーさんは気の毒だと思う。しかし、……笑いが込み上げるのはなぜだろう?


「いい加減にしなさい! テンマ様の大切な時間を邪魔するなら、あなたを許しませんよ!」


おっ、アンナが参戦したぁ!


「私はバルディに用事が……」


「それは別の時にやりなさい。テンマ様と一緒にいる時はダメです!」


「はぁ~い」


おおっ、フリージアさんが退散していったぁ!


なんか土地神のフリージアさんが悪霊で、アンナが除霊したみたいだ。


「アンナ様、ありがとうございます!」


バルドーさんがアンナを様付で呼んでいる!?


驚くほど感謝の気持ちを込めたお礼をバルドーさんはアンナにしていた。そしてバルドーさんは俺に顔を向けて話す。


「あれが定期的にやってくるのです。1人になるとすぐに来ます! そして土地神の力を使って女性を次々と紹介するのです!」


バルドーさんの必死な訴えに頷くしかできない。


「わかりましたね? もし万が一王都を離れるのが遅れたら……」


「わ、わかりました!」


バルドーさんの目は本気だった。何が本気か分からないが、本気だった!


冗談でもバルドーさんをこれ以上追い詰めたらダメだと思うのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



バルドーさんはどこかへ行ってしまった。俺は少しだけシルモフすると食事して、今はリビングでお茶を飲んでいた。


明るい時間にやれることもなくなり、夜の作業もすることがない。何気にやることがなくなり困っていた。


「テンマ様、王都を発つ前に国王と会わなくてもよろしいのですか?」


アンナから尋ねられたが、会うつもりは全くなかった。

テックスとしては悪魔王衣装の時だけしか国王と会っていない。王女のシャルロッテの件で謝罪に来たいと連絡はあったが、それはテックスと関係ないし、テンマが国王に会うつもりはない。


まあ、絶対にバレているだろうなぁ。


「会わないよ。どうせ暫くは戻ってくるつもりはないから、問題はないよね?」


「はい、問題ないと思います。あの土地神が騒ぐ可能性はありますがね」


うん、それが心配……。


「それと、本日は大司教が知識の部屋を設置に訪問されているようです。そこで、テンマ様に挨拶をしたいと連絡が来ていますが、どうされますか?」


俺? テックスじゃなく?


こちらも正体がバレている気がするぅ! でもバレていない前提で断ろう!


それより大司教はどのくらい偉いのかなぁ?


「挨拶は断ってよ。それより大司教はどれくらい偉いの?」


「大司教は偉くはありませんね。教会の者は神に使える存在です。決して階級のようなものがあってはなりません!」


へぇ~、そういうもんなのかぁ。


「ただ、神に使える者として、役割的な名称が御座います。役割によって取りまとめる人数や仕事が多くなります。彼はこの国の教会のすべてをまとめる役割になっております」


……それって頂点じゃん!


大丈夫なのか? 俺はテラス様にこの世界に呼ばれた存在だ。たまに会ったりするし、その関係者なら気を遣う必要があるのか?


「え~と、テラス様の関係者になるなら、きちんと挨拶しておく?」


「フッ、そんな必要はありません。彼はテラス様を信じて慕っているような存在です。関係者というほどではありません」


アンナ、笑ったよね。それも鼻で笑ったよね!?


よく考えるとアンナは元女神なんだよなぁ。


最初に会った時はムカついたけど、俺とは次元の違う存在のはずだ。


「ねぇ、アンナは元女神なんだよね。神の役割としてはどれぐらいになるの?」


「そうですねぇ。前にも話しましたが私は別世界の創造神(管理者)の眷属でした。そこからステップアップして転生のお手伝いをしておりました。あと数千年か数万年ほど努力すればテラス様のような創造神(管理者)になれたでしょう」


なんか遠い目で話している。たしか俺の件で左遷されたんだよね……。


しかし、アンナの話からすると、テラス様より下でその眷属よりも上の存在!


土地神はテラス様の眷属としては下位とか言っていたなぁ。


ああ、だからフリージアさんに強気で話せるのかぁ。


「テンマ様、大司教を礼拝堂に案内して、ある程度管理させてはどうでしょうか?」


えっ、大丈夫なの!


「も、問題は起きないよね?」


「はい、それが普通だと思います。大司教や教会の関係者が出入りすれば、あの娘フリージアも今みたいな行動はできなくなるでしょう」


正直、判断のしようがない。そういったことの知識は全くない。


「うん、アンナの判断に任せるよ!」


そう話すと、アンナは嬉しそうにリビングを出ていった。


俺は出ていくアンナを見送りながら、アンナが予想より凄いのかもと思い始めるのだった。

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