可能性論は神様にも揺るがせないのです
荒瀬竜巻
第1話
僕はリコーダーが使えない、右人差し指と左中指が足りないみたいだ。
僕はよく知っている人とも上手にお話しできない。鼓膜が生まれつきないんだ。
僕は初対面でも話が弾まない、僕の顔を見ると醜いと言って怖がってしまう。
僕はかけっこやサッカーをしたことがない、天国に両脚を置いてきてしまった。
僕は高校生になれなかった。夢だった。目覚まし時計の音を聞いて目を覚まし、高校生の制服を両手で着て、革靴を履いて、学校に行きたい。欲を言えば綺麗な見た目になって、仲の良い友達が欲しいとも考える。
絵本に描いていた、いつかは夢が叶うと。一年生になったら、友達100人出来るんだって。病院にいる人達はみんな言ってくれた。その絵本は素敵だなと、病院の外を知らない僕はその言葉を鵜呑みにするしかなかった、病院が全てだった。言動が幼い?みたいだけど、いい子だねと言われているから、大丈夫だ。
でも学校は無理だったみたいだ。優しいお母さんや看護師さん無しでは院内学級もままならない、そんな僕には無理だった。お母さんが僕の高校の先生。毎日病院に来てくれて、勉強を教えてくれる。音が聞こえない僕のためにホワイトボードを持参して、シャーペンが上手に持てない僕の手伝いをしてくれる。毎日上手に出来たらキスをくれた、猿みたいな鼻に、亀みたいな目に。お前はいい子だ、今にきっといいことが起こる。お母さんの口癖。
僕は幸せ者だ。何一つ手に入らなかったけど、唯一宝物は残っていた。
♢
『私は神様だよ、君が羨ましいな』
ある日僕は、神様に出会った。明け方の、まだ誰も目覚めていないような、暗いのか明るいのか分からない曖昧な時間。不思議と寝付けず、絵本を読む気にもなれなかった僕は、ベットの隣にある窓に這い上がって、外の景色をぼんやりと見ていた。そうしたら突然、神様を名乗る一人の青年が音を立てずに現れた。僕と同い年ぐらいに見える。彼は初対面のはずなのに、スケッチブックに文字を書いてくれている。僕のことを知っているのか?
『うん、知ってるよ。私はね、君のことをずっと見ていたんだ』
他人の見た目に敏感なのは、僕の悪い癖だ。周りの人の優れた点を見つけては、自分ときたらと僕で僕を悪く言ってしまうんだ。けれど無慈悲な事に、神様は女神みたいに綺麗な鼻で、眼も輝いて月の光のようだった。美しい両腕を持って、すらっとした長い両脚は人の目を惹きつけてやまないだろう。
別に今更辛くもない、寧ろこんなに見ていたら神様に失礼だなと考えた。けれど圧倒的とも言える存在感を放つ目に、自然と惹きつけられた、こんなにドキドキするような感覚は初めてだった。僕もこんなだったらとは、不思議と思わなかった。
どこから僕の事を見ていたの?
『遠くからだよ。君たちから最も遠い所さ』
僕の言葉なんて発音が下手くそだろうに、彼は笑うことなく話をしてくれた。この容姿を不気味がらなかった。こんなの初めてだ。
『お願いがあるんだ』
初めて神様に出会って、見た目だけとは言え同年代の男の子とお話しできた。こんなにも幸せなものかと思っていたら、神様にお願いをされる。なあに? 僕じゃ力になるのは無理かも知れないが、頑張るつもりだ。
『君の耳と、私の耳を交換してはくれないかい?』
僕の耳は聴こえない。鼓膜のない耳なんて、神様が可哀想だと伝えた。神様は少し困っていたけれど、再び新しいスケッチブックのページをめくった。
『君の耳があれば、私は笑顔になれる。交換しておくれ』
神様は笑顔じゃないの? 確かに楽しそうではなかった。こんな凄い存在の役に立てるのかな、この僕が。でも君のためになれるなら、僕のこんな耳、すぐにあげるよ。
『ありがとう』
音を感じたことがない両耳に、2度と使い道などないであろうと思っていた飾り同然の両耳に、綺麗な手で優しく触れてくれた。
それからというもの、僕の耳は聞こえるようになった。今日も来てくれたお母さんの言葉が、声が、初めて聞こえた。涙を流して喜ぶお母さんと、奇跡だと驚くお医者さんをみて、神様だけではなく僕まで笑顔になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます