第11話 練炭

 再び交際を始めたエルディとデライラ。エルディにとってもデライラにとっても、お互いはかけがえのない存在になっていた。

 病んだ精神を理解し合える戦友。何度も心中未遂を重ねて支え合った強い絆。しかし、そんな二人の仲を阻む存在がいた。

 デライラの両親である。

 デライラの両親は高校を中退しなければならないほど精神を病んだデライラを厳重に管理しようと考えた。親からしてみれば不良娘が殺人犯と付き合っているようにしか見えない。反抗ばかりして自殺未遂を繰り返すデライラを教育しなければと考えたようだ。

 デライラは外出とエルディとの交際を禁止され、自宅に監禁された。そして、デライラに待ち受けていたのは両親から代わる代わる与えられる「教育」と称した虐待である。


 デライラの最初の父親はDV男だった。デライラは幼い頃に父から殴る蹴るの暴行や強姦を繰り返され、母も強姦まがいの性行為を強要され、暴力を加えられていた。

 そんな生活から逃げ出し、母子二人で新しい生活を始めたのはデライラが十二歳のころだった。デライラが中学に上がると母は真面目な会社員と再婚した。高給取りのエリートという玉の輿に乗った母はデライラを厳しく教育するようになった。新しい夫のメンツを潰さないよう、デライラが真面目で賢い子供になるよう、塾に通わせ勉強を強制し、成績が悪くなると暴力を振るうようになった。そんな母の変貌に反抗したデライラは非行に走った。援助交際に売春に、薬物乱用に無断外泊、登校拒否。デライラが荒れれば荒れるほど、両親のメンツは潰され、「教育」と称した虐待が過激になっていった。

 そんな時に出会ったのがエルディである。エルディは最初こそエリート大学の大学生として両親に好意的に迎えられた。だが、心中未遂で世間を賑わせるわ、殺人未遂事件に飛び込むわ、世間を騒がせて悪目立ちするような男である。そんな男に娘を奪われてはなるものかと、両親が過剰に反応するのも無理からぬことである。


 両親はデライラを監禁し、食事を与えず、殴る蹴るの暴行を加えた。デライラが自殺の真似事をすれば柱に縛り付け、排泄物を垂れ流しさせて放置した。死ぬことも生きることもできないデライラは、両親が外出した隙にエルディに電話をかけた。

 「助けてエルディ!両親に殺されるぐらいなら、あなたと一緒に心中する!」

 エルディはすぐにデライラの自宅に駆け付け、ボロボロになったデライラを連れ出した。


 そのまま二人は駆け落ちした。デライラと二人で始めた新生活は、意外にうまくいっていた。だが、そんな二人をたびたび妨害する影がある。

 デライラを襲うフラッシュバックだ。

 デライラは幼い頃から虐待されたトラウマで、不意に過去の暴力を思い出し発狂してしまう。

 もう誰もデライラを責める人間などいないというのに、デライラは虐待の記憶に虐待され続けていた。

 苦しみもがき、過去の亡霊に抗うように絶叫し泣きわめくデライラに、強い頓服の安定剤を飲ませると、デライラはほどなくして落ち着きを取り戻した。

 「エルディ。あたしもう生きているの辛いよ。生きてるだけで辛い。あたしと死のう?」

 過去に責められ続けるデライラを見守ることしかできない。エルディはデライラに同情し、その苦しみから解放してあげようと考えた。

 「そうだね。何もかもおしまいにしよう。僕も一緒に行くよ」


 エルディは小さなコンロと練炭を用意した。窓を閉め切り、目張りをして、空気が漏れないようにする。そして練炭に火をつけ、デライラと一緒にその時を待った。

 次第に息苦しくなり、意識が朦朧としてくる。このままいけば、眠るように死ねる……。と思った時である。

 デライラが激しく嘔吐した。

 そして「苦しい、助けて!」と、咳き込みながら掠れた声で訴える。すると火災報知器がけたたましく鳴り響いた。

 気が動転したエルディは慌てて目張りを剥がし、窓を全開にした。

 火災報知機の紐を引っ張ると、警報機は鳴り止んだ。

 「デライラ、大丈夫?」

 エルディはデライラの背中をさすり、彼女が落ち着くのを待った。すると、玄関のドアを叩くものが現れた。

 「フィルキィさん?!今の警報機何ですか?火事ですか?!」

 このアパートの大家・ドナルド・ロンドレムである。

 「何でもないです!料理で失敗しただけです!」

 しかし、エルディの自殺未遂に毎回頭を悩ませていたドナルドには、それが嘘だとお見通しである。合鍵でドアを開け、中に入り込んだ時に練炭を燃やした臭いに反応した。

 「今度はこのアパートを火事にするつもりですか?!」

 「違います、これは……!」

 しかし、奥の部屋に倒れている女性を見つけると、「また心中しようとしたんですか!」と、デライラを抱き起こして生死を確認した。幸いまだ生きているようだ。ドナルドは携帯電話で救急車を呼んだ。

 「今度死のうとしたら出て行ってもらいますからね!」

 ほどなくしてデライラと、念のためエルディも救急車で運ばれ、二人は一命をとりとめた。

 「やっぱり自殺は難しいな。どうしても苦しくて生きようとしてしまって、失敗してしまう。確実な死に方を探さなくちゃ……。デライラのためにも……」

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