童謡の日


 ~ 七月一日(木) 童謡の日 ~

 ※三竦さんすく

  自分が勝てる相手を倒すと、

  自分が負ける相手に滅ぼされる

  ため、動きが取れなくなる状況。




「オウム逃がしちゃった事件についてだが。愉快犯じゃない場合、逃がした動機は推測が付くかね、助手くん?」

「うるせえ。いいから単語帳めくれ」


 テスト前の一週間。

 どうあっても探偵気分が抜けないこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 さすがに今回は勉強しなさすぎ。

 このままじゃ、文系教科は壊滅的だ。


「期末で赤点取ったらどうなるか知ってる?」

「……どうなるんだっけ?」

「七月末まで補習の嵐」

「よ、余裕。赤点なんて取らないし……」

「動揺が隠しきれなくて消しゴムで字を書こうとしてるけど?」

「ほ、ほんと余裕」

「芯を刺して文字を書くな、消しゴムで」


 まったくこいつは。

 折角の夏休みが十日近く潰れるんだ。


 真面目にやれ。


 ……でも、秋乃だけじゃねえ。

 推理ブームに包まれた教室では。


 ミステリ小説読んだり。

 推理系のゲームしたりと。


 まるでゆるゆるな空気感。


「そんな中、王子くんたちは真面目だな」

「あっは! 七月末に公演があってね!」

「補習受けてる場合じゃねえんだ。……おい、そこの単語間違ってるぞ」

「ほんと? さんきゅ、姫路城!」

「誰が城だ!」

「あいたあああ!!!」


 いつも通りなのに。

 いつもと違って真面目な二人。


 何も変わっていないのに。

 成長してるってことか。


 なんだかこいつらは。

 変わらないまま、大人になるような気がする。


 ……まあ。

 ある意味、こいつも。


「ちょっと気を抜くとそれか」

「し、飼育部近辺の見取り図……、よ?」

「よ? じゃねえ。ほんと補習になるぞ?」

「か、完璧だから平気」

「国語は」

「…………ほぼ」

「それは九十パー完璧な人のセリフだ。お前が使うなんておこがましい」

「あたし、何パー?」

「アンダーパー」

「ナイスバーディー」


 上手いこと切り返してきても。

 誤魔化されんぞ?


「ほれ、いいから教科書開け、マイナス女」

「酷い……。ほぼ完璧なのに……」


 これっぽっちも酷かねえ。

 範囲内からしか漢字は出題されねえって分かってるのに。

 お前、手付かずじゃねえか。


「だったら、ほぼ完璧かどうかテストしてやる。ここ、読んでみ?」

「犬も、歩くことによって棒に苦痛を与えるまいと……」

もっとも、歩くことによってそれがしに苦痛を与えるまいと」


 どうして始まったんだよ。

 いろはがるたの超解釈。


「笑いゲージが三百六十一点まで行ったから逆に笑えんかったわ。なんだよ犬って」


 さすがにこれは恥ずかしかったのか。

 顔、真っ赤にしてやがるが。


 お前さ、ドイツ語だのフランス語だの。

 意味の分からん数学系の専門書スラスラ読めるくせに。


「よし。今日からおまえの一人称は、ぼうだ」

「後生ですから許してくださいまし」

「お? 舞浜、時代劇か?」


 テスト前。

 貴重な十分休みに迷惑ではあるが。


 トラ男と乙女くんが事務所へ遊びに来たのを。

 無下にもできまい。


 もっとも、この二人が来た目的は。

 探偵事務所じゃなく。

 アイドル事務所の方だろうけどな。


「終業式後のライブの曲、もう聞いたか?」

「あたし、まだ半分しか……。鬼教官が許してくれない……」

「こら、あたしじゃねえだろ」

「……ぼうは、まだ半分だけ」

「なんだよボウって?」

「新しい遊びなのですか?」


 苦笑いする二人を前に。

 しょんぼりと肩を落とす某。


 安心しろ。

 ちゃんと勉強出来たら。

 一人称をそれがしに出世させてやる。


「まあ、そっちも時間ねえのは確かだから。今のうちに曲の話しとけ」

「うん……。あの、ね? 二曲目が、メローなアレンジになってるでしょ?」

「おお」

「あれ、もう少し可愛い感じにならないかなって……」

「佐倉と同じこと言ってやがるな。あいつは、童謡っぽくできないかって言ってたが」

「そ、それ。……いい、かも」

「ってことだ。頼むぜ、伊藤」

「ええ!? 童謡っぽくなんて、無理ですよ……」


 さすが、『僕らの可憐なる乙女』。

 乙女くんは、萌え袖の両手を可愛らしくぱたぱた振るが。


 そんな攻撃も。

 トラには通用しない様子。


「うるせえ! グダグダ言ってる暇があったらさっさと取り掛かるんだよ!」

「う、うん……。それじゃ、またね? 舞浜さん、保坂君」


 俺なら何でも言うことを聞いてしまいそうなぱたぱたが。

 そのままトラ男に首根っこを引かれたせいで。

 バイバイに早変わり。


 でも、こんな傍若無人なトラ男にも。

 天敵がいる。


「こら! 伊藤に無理させない!」

「だ、大丈夫だぜ、佐倉! 無理なんかさせてない!」

「ほんとに?」

「ほんとだよ! なあ、伊藤!」

「う、うん……」

「やれやれ……。ありがとうね、伊藤。ライブ終わったら打ち上げ行こうね!」

「はい…………」


 ……なんだこのパワーバランス。

 じゃんけんみてえだな。


 でも、乙女くんの首が締まって辛そうにしてたから。

 解放されてよかったよかった。


「あはは……。なんか、二人の口喧嘩に巻き込まれちゃいました……」

「おお、こっちで隠れてろ。それにしても、見事な三すくみだな」

「三すくみ?」


 きょとんとするもの知らず。

 それはもちろん秋乃の代名詞。


「石とハサミと紙みてえな関係のことだ」

「……ん? 石が、紙を破けるから、一番強いのは石だと思う」


 おいこら。

 お前はじゃんけんの根底を覆す、グー最強説でも唱える気か。


「まあ、理屈は分かるんだが。日本のじゃんけんだと例えが悪いか。他には……、ゾウとヒトと蟻」

「人類が最強」

「歩兵と騎兵と大砲」

「数による」

「ヘビとカエルとナメクジ」

「全部気持ち悪い」

「ええいめんどくせえなお前は!!!」


 ただ、三すくみの説明したいだけなのに。

 どうしてそう理屈をこねる。


 そんな俺の怒りを柳に風と。

 秋乃は、乙女くんに話しかけた。


「童謡……、好き……」

「ええ。僕も好きです、童謡」

「あの曲が、可愛らしく踊りだす感じになったら、素敵」

「踊りだす感じ、ですね? なるほど、それならイメージできそうです」


 そして始まる乙女談義。

 可愛らしいメロディーを口ずさむ二人。


 いやはや。

 乙女くんは可愛いなあ。


 ……そう言えば。

 こいつ、メイジと委員長と。

 恋バナしてたとか言ってたな?


「なあ、こないだ話してた、好きな人の話ってやつなんだが……」

「ふぇっ!? ほ、保坂君! 気持ちは嬉しいけど、ちょっと困ります!」

「ちげえよバカたれ!! そうじゃなくて…………、ん?」


 珍しい乙女くんの叫び声を聞いて。

 クラスの至る所から殺人視線が飛んで来たんだが。


「…………七対三?」


 男子の方が多いとか。

 お前ら、もうちょっと真面目に人生について考えろ。


「か、勘違いでしたでしょうか?」

「ああ。委員長と五十嵐さんと、そんな話してたって言ってたじゃねえか」

「……言いましたっけ」

「恋の願いを叶える稲荷の話、そん時したんだろ?」

「ええ! はいはい、十四日でしたね。確かにしました。好きな人がいるなら、お願いしてみたらどうでしょうとおすすめしたんです」



 ……おや?

 ちょっと世間話のつもりだったのに。


 意外なとこから。

 イタチが顔を出す。


「……十四日」

「はい」

「鳥が逃げた日か」

「え? ……ええ、そうですね」


 改めて確認をとった意図も分からず。

 眉根を寄せる乙女くん。


 その反応も。

 参考情報として覚えておこう。


 いや、萌え袖口に当てて。

 おどおどする様子が可愛いから覚えておくって意味じゃねえぞ?


「なるほど、繋がって来たな」

「うん。繋がって来た……」


 あ、しまった。

 こいつのいる前で、余計なことした。


 ハンチングをぎゅっとかぶり直した所長が。

 また、勉強しなくなっちまう。


「お前、そんなことしてねえで勉強しろよ?」

「そんなこと言わないで…………」

「うぐ」


 そして、秋乃はカーディガンを引っ張って萌え袖を作ると。

 ちょこんと出した指先を口に当てての上目遣い。


 乙女くんの仕草まるパクリだが。

 思わずこんな返事になっちまう。


「……ちょっとは、しろ。趣味の合間に」

「おお。最強ポーズ手に入れた」


 このあざと女め。

 乙女くんとハイタッチしてはしゃいでやがる。


「これ。使える……」

「ちきしょう、甘やかすのはこれっきりだからな? しょうがねえからちょっとだけ趣味に走っていいから」

「趣味……? なに?」

「推理するんじゃねえのかよ!? 繋がったって言ってたろ!」

「繋がったの……、袖」


 そう言いながら秋乃が見せて来た。

 可愛らしい萌え袖の正体。


 両方の袖を安全ピンで繋げて。

 無理やり伸ばしてやがった。


「こ、こうでもしないと伊藤君の可愛さを再現できない……」

「うはははははははははははは!!!」


 背が小さいから。

 袖がぶかぶかになるわけで。


 背が高いお前に出来るわけねえよな確かにな。



 そして、すっかり伸びたカーディガンを羽織って。

 しょんぼりしながら迎えた授業。


 手をあげたタイミングで。

 先生に指摘された。


「舞浜。そのへろんとした袖はどうした」

「立哉君のせいで伸びました……」



 ……もうさ。

 俺にとっては。


 お前らのタッグが最強なんだよ。



 仕方が無いから反論もしないまま席を立って。

 最強のグーで秋乃の頭をぽかりとやりながら廊下へ出る俺だった。

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