プリンの日


 ~ 六月二十五日(金)

      プリンの日 ~

 ※囚人しゅうじんのジレンマ

  数学的な意思決定法の一つ。

  目に見える全体の利益を捨ててでも

  個人の利を優先したくなるジレンマ。




 五組の小テストについて。

 謎を解き明かした俺たちに与えられた報酬。


 頂き物が余ったという余計な枕詞さえなければ。

 素直に受け取れるのだが。


「……なんだその不服そうな顔は」

「いえ。有難くいただきます」


 箱も袋も無いからやたらと持ちづらい。

 四人に渡された、合計四十八個ものカッププリン。


 八人の班に十二個ずつ。

 適当に分配しろと渡されたが。


 職員室を出るに当たっても。

 お辞儀することすらままならん。


 二時間目が終わる少し前。

 早めに授業を切り上げた先生に連れられて、プリンを受け取りに来たのは。


 俺とメイジと乙女くんとトラ男。

 小テストの成績、満点だった四人だそうだ。


「栃尾君、英語得意だったか?」

「歌詞考える時、英語のフレーズは必須だろ? 文法とか間違えて佐倉に恥かかせるわけにいかねえからな……」


 トラ男は、佐倉さんのことが好き。

 そんな一途が報われる日は来るのや否や。


 でも、いくら恋のせいで視野が狭くなってるからって。

 これはいかん。


「おい、伊藤。こないだのアレンジ、気に入らねえんだが」

「そうでしたか。頑張って書き直します」

「……相変わらず酷いわね、栃尾」

「そうだな。まずは感謝の言葉が先だろう」

「うるせえなあ、お前らに関係ねえだろ」


 関係?

 そりゃあるさ。


 こんな横暴がまかり通ったら。

 気分わりい。


 ……でも。

 そこは平和主義の乙女くん。


 俺とメイジをなだめたあと。

 トラ男にもフォローを入れたんだが……。


「栃尾君、佐倉さんのこと、大切だから頑張ってるんだよね?」

「そ、そんなことねえぞ? これは、あれだ。乗り掛かった舟ってやつだ」

「そうなの?」

「そうだよ」


 口でどう取り繕っても。

 泳ぐ視線は実に雄弁だ。


 きっと、メイジも苦笑いしてるんだろう。

 俺はそう思いながら振り向いてみたんだが……。


「どうした?」

「いえ、別に……」


 どうしてだろう。

 メイジは、それとなく視線を外すと。


 俺に見られているとも知らずに。

 深いため息をついていた。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



 二時間目は、随分早く終わったから。

 未だに授業中という廊下を進む、プリン輸送隊。


 俺と乙女くんは、途中でプリンを残る二人に託してトイレへ向かい。


 出てきたところで眉根を寄せる。


「…………なんだお前ら」

「いや、何でもねえぞ?」

「そうよ。……行きましょう、早く」


 行きましょうって言われても。

 いくらなんでも挙動不審過ぎる。


「五十嵐さん、なんで額に汗」


 俺の突っ込みに。

 なぜかトラ男が反論する。


「おかしかねえだろ、今日は湿気すげえからな! 職員室からこんなもんだったぜ、こいつ」

「そうね」

「いやいや。栃尾の口にはカラメルついてるし」

「コーヒーじゃないかしら。教室を出る時、飲んでたようだし」

「そうそう! それな!」


 犯人同士の口裏合わせ。

 二対一では、多数決で押し負けるが道理。


 絶対に二人はつまみ食いしてるはずなのに。

 これじゃ、犯罪を暴けないや。



 なーんて。

 引き下がると思うなよ?



 俺はこれでも探偵助手。

 こんな状況をかいくぐる手なんていくらでもある。


 そうだな、今回は。


 『囚人のジレンマ』を使わせてもらおうか。


「……まあ、お前らの犯罪なんてお見通しなんだけどな」

「なにが犯罪だって?」

「そうよ」

「いや、ほんと簡単なんだ。伊藤君と俺がプリン持てば一目瞭然」


 先生から貰った。

 四十八個のプリン。


 四人で持てば言わずもがな。

 十二個ずつのはずなんだが……。


「こら。正直に寄こせ、食った分」

「何の話だ! 言いがかりだぜ!」

「そうよ。えん罪だわ?」


 俺と乙女くんが抱える十一個ずつのプリンが。

 二人の犯行を証明しているというのに。


 おもしれえほど食い下がるね、お前ら。


「ああ、分かった分かった。それじゃ司法取引してやる」

「「司法取引?」」

「これから順番に、俺に罪を暴露する機会を与えてやろう」

「はあ? 何もやってねえのに何を暴露しろってんだよ!」

「……ふむ。それで、条件は?」

「五十嵐!? お前、ちょ……」

「黙って。……条件を聞かせて」


 冷静なメイジが、適当な妥協点を探って来たが。

 トラ男、お前は慌て過ぎ。


「えっと、相手がしらばっくれてるのに自分がちゃんと白状してくれたら、白状した方は無罪。しらばっくれてる方からは、プリンを十個没収」

「ちょっと待て! そんなことになったら班の連中が怒り狂うわ!」

「……もし、二人とも罪を暴露したら?」

「俺と伊藤君を騙そうとした罰として、五個ずつ貰おうか」

「じゃあ、二人ともやってないって言ったら?」

「うーん……、それでも状況証拠がいくらなんでもだからな。そん時は二個ずつくれればそれで手打ちにするよ」


 そんな条件を聞いて。

 慌てて口裏を合わせようとするトラ男とメイジ。


「ははっ!! なんだその条件? お前はバカか?」

「かもしれん。我ながら、甘いなあって思う」

「おい五十嵐! お前、絶対言うなよ!?」

「そりゃもちろん……」


 最初から。

 二人とも言わなければ損失は最低で済むと分かっている。


 でも。

 メイジもトラ男も頭がいい。


 頭がいいから。



 ワナに落ちる。



 もしも相手が黙っていた場合。

 こちらも黙っていたら、自分は二個の損。

 でもこの場合。

 自分だけ白状すればおとがめ無しなんだから後者を取るに決まってる。


 そして、もし相手が白状していた場合。

 自分だけ黙っていたら最悪の十個マイナス。

 ならば、自分も白状して五個の損失にとどめておいた方がいい。


 結果。

 自分の利得だけ考えれば。


 白状するしか選択肢は無いんだ。



 俺は、二人から離れて。

 まず、五十嵐さんを呼ぶ。


 次に俺の元にやって来たトラ男は。

 終始疑心暗鬼になりながら……。


「……わりい。五十嵐と二人で盗った」

「いや、謝るほどの物じゃない。そもそも一人一個は食えるんだからな。それじゃ、俺と伊藤君に五個ずつ分けてもらおうか」

「ってことは……! てめえ、五十嵐! やっぱり白状してやがったな!?」

「栃尾もでしょうに」


 元々、仲が悪そうだった二人がいがみ合う。

 なんでつまみ食いについては結託したのか、その辺は定かじゃないが。


 まあ。


「いいじゃねえか。これで二人は七個ずつ。自分の食った分引けば、班の全員に配れるんだから」

「さすがね、そこまで計算してたなんて」

「いやいや! なんで他の班は二個ずつ食ってるんだってネチネチ聞かれるわ!」

「うん……、そうね。じゃあ、伊藤君。お願いを聞いてくれる?」

「ええ、僕にできることなら……」


 そして生まれた妥協案。

 それは。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「…………推理勝負で勝った景品?」

「だ、そうだ」


 余剰分のプリンが。

 山と積まれた探偵事務所という名の二つの机。


 その片方の山から。

 不満そうに顔を覗かせるのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの所長。


「……経緯を」

「えっと、囚人のジレンマって分かるか?」

「ナッシュ均衡はパレート最適に等しくないことを証明するゲーム理論」

「俺の方が分かってねえことに驚きだわ。なにそれ?」


 正解かどうかすら分からん。

 相変わらずの理数脳に呆れる俺を。

 さらに上回る呆れ顔で見つめる所長は。


「…………サギ」


 さすがの頭脳で。

 俺が、どんな八百長使ってプリンを巻き上げたのか、一瞬で理解した。


「サギとはなんだ。俺はなんにもやってねえ」

「ほう?」


 そして久々に拝むイヤミ顔。

 まさかこいつ……。


「これから、白状する機会を与えます。もし自供した場合は……」

「うはははははははははははは!!! お前に数学的意思決定法で勝てるわけねえ!」


 こうして、戦利品を秋乃に総取りされた俺は。

 女子が二つずつ食べるという、実に現代日本的解決を遠目に眺めていたんだが。


 どうしてだろう。


 委員長だけ。

 三つ目のプリンに手を伸ばしていたんだが。


 まあ、いいか。

 そんなことより。

 今はもっと重要なことがある。



「……保坂はどうした」

「プリンに当たったとかで、トイレでずっと座り込んでるらしいです」

「バカもん。立っていろと伝えておけ」

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