夏至
~ 六月二十一日(月) 夏至 ~
※
早口&慌て顔。
慌てふためく様子。
推理したい。
そんな欲求は。
誰にでもあるものらしい。
俺たちが探偵事務所なんてもんを開いたもんだから。
クラスの皆も、何となく探偵ムード。
「そのおかず……、昨日の残り物とみた!」
「まてまて。俺はその時間、アリバイがある」
「犯人は、この中にいる!」
至る所から聞こえる推理遊び。
その火付け役になった所長の名は。
先日の見事な手際に。
助手としては、鼻高々。
そんな所長は。
今日も優雅に椅子へ足を組んで。
事務所に舞い込む謎を片っ端から……。
「い、五十嵐さん……。なぞ、無い?」
「ないわよ」
どうやら、この所長。
待っていることに我慢がきかないらしく。
まるで飛び込み営業のように、仕事を探して歩いてる。
……探偵ってさ。
落ち着きとか。
威厳とか。
「ねえ、保坂」
「俺をそんな迷惑そうな顔でにらむな。秋乃をこんな体にしたのは誰のせいだ?」
「やれやれ……」
左右非対称のミステリアスなストレート髪。
まとう空気もどこか妖艶なクラスメイト。
出席番号二番。
心底迷惑そうな顔で。
自分の手を握って仕事を渇望して来る所長のことを見つめると。
「……じゃあ、謎でもなんでもないけど。事件の話をしてあげる」
「ま、まいどおおきに!!!」
「おお、助かるぜ」
「そんなご期待にこたえられるかどうか、甚だ疑問だけど……」
咳ばらいを一つ入れ。
ゲームマスターとして培った、胸に直接響くような落ち着いた声音で。
事件のあらましを語り始めた。
「我らが担任の先生が起こした小さな事件。……そうね、『疾言遽色のエグザミネーション』とでも銘打とうかしら。五組でさっき行われた小テストの結果があまりにも悪かったらしくて、五時間目のホームルームから放課後にかけて、補習が決定したの」
「ひでえ話だな」
「ほんとに。この間、マーダーミステリーで遊んだ時に会ったでしょ? 羽鳥が部活に来れなくなったから、今日の活動が中止になったわ」
マーダーミステリーって。
参加者が一人でも欠けたら遊べない。
先生の横暴のせいで。
部員みんなの予定が飛ぶことになるなんて。
「ひ、一人足りない状態で遊ぶわけにはいかないの?」
「できなくはないけど、もったいないわ」
「もったいない……?」
「そう。一つのシナリオについて、遊ぶことができるのは一生に一度だけ。ベストな条件で楽しまないと、他のプレイヤーにも作者にも失礼だから」
そう言って。
秋乃に微笑みを向ける五十嵐さん。
その笑みからは。
優しさと妖しさ。
どちらも受け取ることができる。
……ゲームの都合上。
内容を知っているメンバーが参加するわけにはいかない。
また、内容を知っている者同士で遊んでも意味がない。
一度遊ぶと、二度と同じシナリオをプレイすることはできない。
それがマーダーミステリー。
……実に貴重な体験だった。
また、参加させてもらいてえな。
違和感。
思惑。
それらを読み取って。
物語の真相を暴く。
純粋な知力戦。
参加者と、作者を相手に思考の読み合い。
秋乃じゃねえけど、俺もあれ以来。
やたらと推理する癖が付いちまって…………、ん?
「五組?」
「そう。…………気が付いた?」
さっきからの、意味深な微笑。
そういう事だったか。
「ああ。英語の成績、やたら良いクラスじゃねえか。先生がはっぱかける時、必ず引き合いに出すくらい」
「そう。だから疾言遽色」
「どういうことだ?」
「三章が終わったところで小テストって言われてたのに、まだ授業も半ばの所で試験になったそうよ?」
「え? …………そりゃ、不思議だな」
「ぱくっ!」
うわ、しまった。
俺と五十嵐さんの間に。
割って入った秋乃所長。
エサの臭いにつられて。
飛び込んできたようだが。
「つい不思議とか言ったが、別に謎ってわけじゃねえ。そんなこともあるだろ」
「き、今日は昼間が一番長い日だから。じっくり調査できる……」
「ちょ……、引っ張るな!」
昼休みも終わろうってのに。
嬉々として俺の腕を引っ張る所長に。
強引に付き合わされて。
五組の入り口まで来たところで。
二人して急停止。
「…………ク、クラスに入れない」
「なんという人見知り。謎でも何でもねえから、帰るぞ?」
「それをまずは探らないと。ここは立哉君が……、ね?」
「やかましい。俺はアウェーじゃ力を発揮できない選手だ。自分で行け」
「いやいや。どーぞどーぞ」
「どうぞどうぞ」
口ばっかり譲り合いつつ。
お互い、背中を押しあう醜い争い。
無様なダンスを入り口の前で踊っていたら。
予鈴が鳴ったと同時に。
「何やってんだお前ら?」
まさに渡りに船。
廊下から教室へ入るに入れなかった。
羽鳥君が話しかけてくれた。
「おお! 丁度いいところに!」
「ほんと……。ナイスタイミング……」
「話を聞きたくてさ!」
「襟首に用があってね?」
「は?」
なに言ってんだこいつ?
そんなことを考えてる間にも。
羽鳥君の襟もとに手を伸ばす秋乃。
「なにすんだ舞浜!? ちょ……っ!」
「いやいや、やめろって! 何してんだよ秋乃!」
「ク、クラス章、ゲット!」
「返してくれよ!」
「だから何がしてえんだお前は!」
「こ、これで五組の人からさりげなく情報を聞き出すことが…………、あ」
そして秋乃は。
眉根を寄せる五組の人を見つめたまま固まる。
「…………そうだよ。今、お前が指差してる人が五組の人だろうが」
「そ、そうじゃなくて……」
「そうじゃなくて?」
「ぺ……」
「ぺ?」
「潜入捜査!」
「ペはどうしたうおっ!?」
言うに困った秋乃が思いついた言い訳。
それを遂行するために。
おもむろに俺の首を絞めて。
「いででででで!! なにすんだ!」
「チェーンジ!」
もとい。
強引に、俺のクラス章を五組の物に変えて。
「いてらー」
「どはっ!?」
背中を蹴とばして。
扉を閉めやがった。
「何考えてんだ!」
そして振り向きざまに扉を開いてみれば。
俺が罵声を浴びせた相手は誰あらん。
「……主に、地球の平和の事を考えている」
「そうか。なら俺は地球の平和を乱してるだろうからとっとと自分のクラスに戻いてててて手首をねじ上げるなああああ!!!」
「貴様のクラスはここだろう、羽鳥。それとも、予鈴が鳴っているのに他人のクラスへ来ていた羽鳥そっくりの保坂を、後で罰する方がいいか?」
なんという入れ替わりマジック。
日本有数の美女が一瞬でどてかぼちゃ。
自分のクラスだったら。
爆笑の後、何事も無かったように授業が始まるところだが。
よそのクラスじゃ当然か。
半ばは肩を揺すって笑いをかみ殺して。
残りは揃って嫌悪の視線を俺に投げる。
「あれって……、二組の?」
「そう、三大イケメンの、カッコ笑いが付く方」
「ああ……」
くそう、なんという恥さらし!
一刻も早く脱出せねば!
でも、脱出の手段に脳のリソースをすべてあてがうことを。
こいつは許してくれなかった。
「ほら。さっさと席に着け、羽鳥」
「うぐ……」
どう見渡してみても。
空いてるのは。
嫌悪感組に四辺を固められた中央の席。
あんな場所に座った日にゃ。
視線ビームで真っ黒こげにされちまう。
もうやけくそだ。
俺は、もう一つだけ空いてる席に座って。
意地悪な石頭へ偉そうに声をかけた。
「何をしとるか。とっとと自分の席に着け、羽鳥」
これには噴き出した奴らが半分。
あのバカはなんなんだって顔した連中が半分。
すげえぞ俺。
こんなアウェーで半分も笑わせた。
「ほう? そう来たか、先生」
「ぐずぐずするな、羽鳥」
「ようし、いいだろう。では教科書のここから補講を始めてもらおうか、先生」
押し付けられた教科書には。
電卓みてえな数字が至る所に書かれているが。
「…………どこだって? 羽鳥」
「五組、二十一日と書いてあるだろう。四章の途中だ、先生」
「521……、おお、ここか。では、教科書を忘れた羽鳥は廊下に立っとれ」
「一向にかまわんが、授業はしっかりしておくのだぞ、先生」
「うぐ……」
そして、約二時間。
俺は、悪ふざけし始めた連中から質問攻めにあいながら。
四章の続きと、小テストの範囲と。
そして。
プライベートについて教え続けることになった。
「先生! 先生の好きな人は誰ですか?」
「…………魔法未来少女・フューチャーアヴニールちゃん」
「先生の趣味って何ですか?」
「女子小学生とおままごと」
「先生の家ってどこにあるんですか?」
「校庭の土管」
…………せめてもの反撃はした。
でも、もちろんその後。
俺は日が暮れるまで。
羽鳥に追い掛け回されることになった。
昼の時間が一番長い日なんだ。
勘弁してくれ、羽鳥。
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