第4話

 それはほどほどに効いた。視界が歪んだり、自分自身という個人としての認識をほとんど失うことなく、眠気と疲れをまったく感じない半超人的な意識の目覚めだけを恩恵として預かり、つまらないと思ったこのイベントで、友好的に、社交的に、場を乱すことなく、節度を保ちつつ適度に盛りあげる安心のペースメーカーとして役割を果たしていた。不良あがりの先輩達の心がわかるようで、客は少なくても真面目に今はこの趣味に取り組んでいる姿勢が伝わってくるのか、はたまた彼が好意的に盲信しているのか、とにかく彼の方から大麻の効用だけでは決して得られない積極的な歩み寄りで、多くの人を脅し、ぶん殴ってきた先輩達と人と人とのつながりを讃歌しかねない一時を得たのだ(連絡先ハ交換シナカッタガ)。同級生もDJを無事にこなして和やかな雰囲気で夜は進み、新興住宅地が彼にとって魅力のないところだとしても、そこに住む家族はそれぞれの家庭事情と幸せを感じる場所があって、彼は結果的に昔は素行の良くなかった若い旦那の家族とその友人達のバーベキューパーティーに誘われ、整然と刈られた庭の芝の上で、大音量の音楽の流れるなか、肉が香ばしく焼ける煙を風下で身に染み込ませて、家族と友人のつながりの由来をそれぞれの小話と親しい言葉の掛け合いから興味深く寄せ集め、彼のそれとはまるで異なった人生の歩みに敬意を抱きつつ混じりあったのだ。それがたとえピンクのドットの三分の一のおかげだとしても、彼は一眠りすれば途端忘れるであろうし、心に残らない薬物の作り出した擬似感情にしても、やはり安らいだのだ。

 彼と同級生がイベントを楽しく味わっていたのに対して、リゼルグ酸ジエチルアミドを用意した当の青年は途中から押し黙り、VJの仕事はどうにかこなしてはいたものの、心の内に疚しいことや自責の念があるのか、始終周囲に謝ってばかりいた。気の毒がられるのは最初だけで、すぐに誰からも薄気味の悪い、羽目を外したのではなく単にミスをしただらしのない弱い人間とみなされて、完全に打ち捨てられていた。「だめだよぉ、彼ぇ、散らかっちゃっているからさぁ」同級生は呆れた口調で言っていたが、職場で苦手とする同僚がミスをした時に、良く思っていないからこそ明日は我が身だと感じて自粛するように、青年の常軌を逸した情けなさに声をかけるのではなく、遠くから見るだけしか彼はできなかった。小さな金額の打ち間違いをしたのではないかと後後になって気づいて、膨大な書類を引っ張りだして調べるように、間違っていても実際はそれほど影響はないのだが、自身の持つルールに従った責任感と、小事にこそ大事が潜んでいるという考えによって見過ごせずに確かめてしまう誘惑に引かれて来たイベントは、本当は何も期待していなかったものの、思いのほかに楽しむことができて、テクノのイベントに関する有益なコネクションは見つけられなかったが、イベントを下支えする薬物の供給者の一人を見つけることができたと彼は猜疑心の虜になった北海道の青年を見下ろしながら結論づけた。ほど良い質の大麻とリゼルグ酸ジエチルアミドにより、明け方だというのに元気でいる自分を見つけていた。この機会を逃すべくもう一押ししようと、項垂れている青年に、もっとリゼルグ酸ジエチルアミドが欲しいと言うと、何かしらの負い目を緩和するためか、必要とされていると感じることによって必要以上に応えたくなる弱い心の働きか、それとも優しい言葉に拒否する気持ちがとろけてしまったのか、家に来ればリゼルグ酸ジエチルアミドを分けることができると青年は答えた。彼は同級生を誘わず、今日のイベントの楽しかったことを伝え(実際ニ楽シンダノハ、程程ノ要因ニヨッテ薬物ガ素晴ラシイ輝キヲ放ッテ、ドンナニツマラナイモノモ、死ノ直前ノコノ世ヲ惜シム心境ニ近ヅケタカラ)、少しだけ立ち直り表情の柔らかくなった青年と一緒に家へ向かうべく、赤みの残る朝の線路沿いを駅へと歩いた。

 クラブ帰りの早朝の電車は蓄積された廃棄物の成りの果てだと彼はいつも感じる。睡眠を取らずに迎える朝は区切りを持たず、食べ時を逃して膨れたインスタントラーメンのように、五感と体はむくんでだらしがなく、一年分の受動喫煙により、虹色の油の浮く湾岸に淀んでしまう。土曜出勤者はまだらで、眠たそうに、もしくは暇そうにしていて、余計な力を使わない沈みきった表情でさえ、生命の躍動に肌は震えていると、脂まみれの額を触って彼は思う。青年は話しをしない。懸命な判断だと彼は思った。

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