第2話

 線路沿いの住宅地にクラブはあった。止まれと書かれた道路標識と同じ大きさの店の看板はあまり目立たなく、青色の蛍光灯に物憂く光っているが、入口に集まる若者達の存在感にかき消されたというより、存在を提示する役割を彼らに委ねて控え目にしているようだ。入口にこういう輩が常に群がるのは、郊外の川に注がれる生活排水だか何だかわからない水の流れ出る穴のそばに、白っぽい汚れや、やけに繁茂する雑草が必ず存在するのと同じ結びつきによるのか。入口はバスの最後部に居着く人達を生息させる淀で、そこにいる人間はそこから悦になるものを取り込んで虚栄心を満たしながら、他人からは近づき難い、避けさせる雰囲気を発している。彼は初めてクラブに来るわけではないので、初めての場所だとしても、黒光りした長い車から降りるように若者の自転車から降りて、入口の集団に弱みを見せないというより、仕様もない意地の張り合いから少し大きい声で若者に礼を言い、わざわざ集団の一人一人に一瞥を与えてから頭をいくぶん後ろに反らして、音の響いてくる地下へ向かって階段を降りた(邪魔ナ奴ラダ)。

 カウンターのある空間に同級生の姿は見あたらなかったので、焦げた茶色の髪の毛を一つに括った女の子に、同級生の知り合いだと告げると、小さなメモ帳を開いて彼の名前を確認した。エントランス代金は二千五百円から千円になった。彼はいつも思う。設備の整った大きなクラブでのイベントならこれくらいの金を払う価値はあるが、小さいクラブの大したことのないイベントは、どうしてこうも割高に感じるのか。機能しているかわからない空調設備は、骨髄まで染みる煙草の煙を野放図に吐き出していて、小さいソファーがあるだけの小部屋は音に疲れた人間を収納するだけの空間がなく、示威することで価値を得る偉そうな集団のたまり場になるばかりで、ダンスフロアの端にあるテーブルとイスは申し訳程度にしか配置されておらず、座った人間はその場を譲るものかと着生してしまうので、その周りには殻を探してのた打つヤドカリ人間が退屈そうに控えている。こんな環境に放り込まれる為に金を払うとは、このクラブという営業はサービス業などではないと重重承知していても、有名な海外の観光地の店子のふっかけてくる破綻した値段と同じ不満を感じさせる。いくら知り合い価格で安くなったとはいえ、仮に知り合いでなかったら簡素な小道具による質の高い演劇を観賞できるだけの代金を払わなければならない。小さなクラブがこの日本から消えていくのは当然だと、札を財布から出しながら彼は考えた。

 中に入るとすぐに同級生がいたので、彼は近づいて話しかけた。この空間は他国の文化の輸入もので、挨拶もそれなりの作法があり、渡世人の仁義のような日本固有の謙遜による回りくどさではなく、仮に外で会っても決してしないであろう大袈裟な握手や抱き合いによる体のぶつかりあいだった。彼はテクノのイベントで行われる挨拶は知らなかったが、ヒップホップのイベントでの形式を学んできたので、この場でもそれが当然のように、柏手の音さえ鳴る握手を同級生と交わした。それから紹介された同級生の知り合いや先輩とも同様の勢いで握手した(流派ハ違エド似タ様式ノ作法ヲ学ンデキタラシイ)。

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