第18話
城に呼ばれて以降も侯爵様の要望で屋敷で世話になりつつ、防具やら弓などを新調してくれた。
金はゴブリンキングの際に受け取った物や討伐報酬で腐るほど余っているのだが、好意を有り難く受け取った俺は侯爵様の期待に応えるように入念に準備をしている。
フェリとの意思疏通や、聖霊の力を十全に発揮するための訓練だ。
成果として、数十の弓矢を自在に動かせるほどになり、フェリの意思で動かすことも可能となっている。
あと、精霊を一帯に置いて俺は索敵に使っていた能力だが、フェリの意思ではやり方が異なるのか物質化した壁みたいになることが分かった。
遠距離の弓と、全方位の魔力障壁である。
その二つを使いこなすまでに約一週間ほど費やしたが、結果としては良いほうではないだろうか。
俺とフェリの調整は完璧とも言えるぐらいになっていて――そして、学園祭の日がやってきた。
「リティちゃん! 早くです! 遅刻しちゃいますよ!?」
「そんなに引っ張らないでよ。まだ時間には余裕あるし、そんなに焦ってたら予選で落ちるわよ?」
「なっ!? リティちゃんの鬼扱きに耐えたわたしは余裕ですよっ。ハルトさん、大丈夫ですからね? そんな目で見なくても本戦行きますからね!?」
「お、おう」
朝食を終え、バタバタと玄関付近で騒ぐ少女達を見送る。
「ハルト、応援よろしく。ちゃんと見てなさいよ?」
右腕を引っ張られた状態のリティが俺に話しかけてきて、試合前だというのにとても落ち着いているようだった。
「ああ、油断はするなよ?」
「大丈夫よ。私、天才だもの」
一応、忠告みたいなものをしたが、勝利を確信している笑みが返ってくる。
「わ、わたしも本戦までは余裕です!」
「本戦まではって、そんなんじゃダメよ。私と戦うまでに落ちたら訓練倍にするわよ」
「うっ……めちゃくちゃ頑張りますから!」
ティリアも張り合うように声を上げ、俺は騒がしく出ていく背中を笑いながら眺めた。
「では、私たちも参りましょうか」
右後ろに控えていた侍従のサラさんである。
本日のコロシアムで行われる学園祭には、サラさんと侯爵様と俺の三人で観戦しに行く予定だ。
本当は二人は貴賓室で観戦するつもりだったらしいが、俺のことを案じて一般席に座るそうだった。護衛の件とかどうするのか聞いてみたが、周りの席は全て護衛で固めている座席を確保しているらしい。
サラさんも武術に心得があるらしく、心配無用と言われた。
直ぐに侯爵様も玄関までやってきて、三人で用意されていた馬車に乗り込む。
大通りの道を緩やかに進んでいく。
コロシアムへ向かう道には人が沢山集まっていた。
一年に一度のお祭りだ。
参加するのは学園の生徒のみで、学年別に試合をするという内容。
しかし、注目度は国のイベントでも上位である。
平民や貴族と関係なく皆が見物客となり、僻地の村からも学園祭をわざわざ観戦しに来る者も多い。他国から物好きな者も来ていて、大通りには人波ができて混雑していた。
コロシアム入口では出店も出たりと賑わいを見せている。
将来は国の中核となる生徒達なため、実力を見るためにも要職に就いている者達もこぞってやってきており、馬車が行き交っている。
その分、コロシアム会場には騎士や魔法師などが厳重に警備しており、ピリピリと物々しい雰囲気があった。
俺達の馬車も停められるところで預かってもらい、金を払ってコロシアムの自由席に座る。
学園祭は二日間に渡って行われるのだが、初日の予選であっても開始前には既に席が半分以上は埋まっていた。
日程は予選、本選の順だ。
学年別に予選を勝ち抜き、上位十二名のみが本戦に行く。学園は四学年なので、本戦に出場できるのは四十八人。
一学年にだいたい百名近く居るので、限られた少数のみが大舞台で戦うことが許される。
初日は多人数による総当たり。障害物が用意され、広大なコロシアムを魔法で地形を変えて戦う。
本選は一段高い石畳の上で一対一での試合だ。
開会式が行われると、コロシアムの地形が魔法師達によって変えられるのだが、それまで時間がまだまだある。
コロシアムの観客席には様々な人達が溢れていた。
親子連れだったり、村総出で観戦に来た者達など。中には冒険者達同士で賭け事をしていて、小競り合いを発生させている箇所が複数ある。
冒険者ってやっぱりガラが悪いんだなと再確認した俺は、何も見なかったことにしてサラさんが勧めた席に座り、横には侯爵様が腰を下ろした。
同時にぞろぞろと席の周りが固められ、不自然に周り一帯が埋まった。護衛の人達だろうか。服装は私服で区別は付かないが、顔からして強そうな人達だ。
開会式が始まるまで時間に余裕があって観戦者達による雑音が響く中、俺はコロシアムの全貌を見渡した。
中央には一段と高い四角形の石畳が設置され、そこで学園理事長から開会式が行われる。それ以外は特徴のない平坦な広場で、全方位の高い壁に覆われている。
上部には観客席があり、俺達は見下ろす形で見学することになる。
コロシアムは前に来たときと変わりない。
俺が来たのは三年前が最後だったか。
懐かしい。俺も学園祭の行事には参加していた。戦うほうではなく、観戦だけど。後半は学園にそもそも行っていないため不参加だ。
ちなみに、学園祭は自由参加であり、戦う意思を持たないものは観客席で見学を許されている。なので、俺は全部拒否していた。
しかし、俺以外の生徒は全員が参加していた。学園の全生徒である。
騎士団や魔法師団にアピールチャンスだ。戦いが苦手でも意欲的に参加するものなのだろう。
勝てる見込みが無いのに参加するなんて、俺には考えられないけど。
もし、あの時にフェリが居てくれたら俺も確実に参加していただろう。そして、華々しく戦果を上げるか、家を継いで領地経営に頭を悩ませていた。
そんな将来は訪れなくて今は冒険者をやっている。そんなに悪くはないと受け入れつつ、意外と依頼を受けて仕事をするのも楽しいものだった。難しい依頼をやっていないから、こう言えるのかもしれないが。
「ハルト君、娘の実力は良いところまでいけると思うかい?」
徐々に席が埋まりつつあるコロシアムを暇潰しに見ていると隣の侯爵様が聞いてきた。
「ティリアとリティ、どちらもですか?」
「そうだね。二人の実力を率直に聞きたい」
侯爵様は学園祭で二人が結果を残せるか不安なのだろう。
「ティリアは魔力量が国内でも有数です。前に見た魔法は複雑すぎて何をやっているのかさっぱりでした。控え目に言っても、将来は魔法師団の隊長クラスに抜擢されるでしょう」
「ふむ」
「リティは魔法を使っているところを見たことがないです。身体強化ぐらいでしょうか。魔力量は一般的よりも少し多いぐらいで、前衛を張る剣士としては十分だと。剣技はゴブリンキングを相手にやり合うほどで、リティも将来は騎士団の隊長クラスになると思います」
「……ほう、とても評価してくれているようだね。誇らしいよ」
「いえ、彼女たちの実力を見れば誰でもそう言いますよ」
「では、もう一つ聞こう。二人が英雄の戦いに着いていこうとした場合、実力が不足しているかね?」
侯爵様の問いに俺は顎へ手を添えて考えた。左隣に座るサラさんも興味のある話なのか視線を感じる。
予想に過ぎないが、英雄の戦いは熾烈を極めるだろう。学園祭のように負傷したら直ぐに神官がやってきて、手当てをしている環境ではない。
殺し合いの末、生きるか死ぬか。
英雄に選ばれた者は力を与えられたから生きられる可能性も高くなる。しかし、一般人がその戦いに参加すれば結果はどうなるか。
殆どが死ぬ。
どれだけ強いといっても、英雄の力には遠く及ばない。
二人にはまだ早いだろう。もしも、俺に着いてくるというなら全力で止める。
「……二人の実力は現段階で学生としては抜きん出ています。ですが、相手が魔族となれば殺されるでしょう。俺は二人が英雄の戦いに参加するというなら止めます」
「……そうか。ありがとう。二人とも私の宝物だから、幸せになってほしいとは思っている。ハルト君の背中を追いかけて行きそうで心配だよ」
侯爵様が苦笑のような笑みをして、俺も苦笑いを返した。主にティリアが言って、リティ着いてくる光景が簡単に想像できる。
ちゃんと、止めないとな。
そんなことを考えていると、開会式が行われるようだった。
理事長がコロシアムの中央に立ち、魔法を使って声を拡散する。
「本日はお集まり頂き誠に感謝を――」
という定型文から始まり、今年の生徒達の仕上がりを保証している。長々と話す理事長だったが、締めに総当たり戦を開催すると宣言を残し、壇上から降りていった。
続いて魔法師団の者達がコロシアム内に入り、魔法を行使していく。
それに伴って、観客席が沸き上がった。
魔法によって地形を変えていく。一流の魔法師達による現象は見事の一言。
まっさらな地面だったコロシアムが緑色になっていく。どうやら、今年の予選は森を題材にした地形らしく、草が生えると木々が創られていった。
超再生で芽から木へ。次々に大樹が乱立していく。
やけに魔法の展開が早い。数分もせず、コロシアム一面に木々が生い茂る森となった。
あまりにも早すぎる魔法の操作の原因は、何故かさりげなく賢者も混ざっていたからだ。金髪ロールの女性が率先して魔法を展開している。どうやら手伝ってくれているらしい。
気付いた者は熱狂して声を送り、賢者は優雅に手を振り返していた。
「ハルト君、この地形をどう見る?」
「森だと魔法使いは不利ですね……。障害物が邪魔になるので。リティは大丈夫ですが、ティリアが少し不安です」
「ふむ」
「旦那様、ハルト様、心配ご無用ですよ。ティリア様はとてもお強いですので」
左隣のサラさんがそう言うが、あっさりミスして予選落ちしそうな気もするが。
俺が見たときの予選は氷山の一角のような柱がいくつも建てられたものだった。しかし、今回は傾斜があり、木々に視界を塞がれた地形。
近接系が得意な者が勝ち上がりそうなものだった。
魔法を放つにしても障害物が邪魔で、木を盾にされれば無駄に魔力を消費する。
広範囲魔法で辺り一面を薙ぎ倒せばいいと考えるかも知れないが、この創られた木は一流の魔法師のもので耐久性が凄まじい。
よほどの大魔法でなければ破壊不可能である。
『――さあ、生徒たちが入ってきました! 総当り戦初戦は例年通り、一学年生徒たちです! 五分間のインターバルを挟み、その間に選手たちが配置に着いていきます!』
魔法で拡散された声がコロシアム内に行き渡る。
テンション高めな声は実況席から送られたもので、貴賓室の隣に位置する学園運営側の席に実況者と解説者が座っている。
コロシアム入口から生徒達が次々と森の中へ入っていく。
そこに、ティリアとリティの姿もあった。
森の手前で立ち止まり、胸に両手を当てて大きく深呼吸しているティリア。緊張している少女の背中を擦っているリティ。
二人で何か喋っている。気を紛らわせることでも話しているのだろうか。
二言ほど話すとお互いに微笑み合い、森の中へと踏み入れた。
生徒達が各自配置に着いた。
『さあ、カウントダウンが始まっていきます! 魔導具で映し出された数字がゼロになりますと、生徒たちに切り替わりますので! 皆さん、生徒たちの健闘をどうぞご覧ください!』
実況が数字を十からゼロまで叫び、観客席の者もノリで同じように叫んでいる。
四枚の長方形の薄い画面が空中に浮かんでいるのだが、ゼロになった瞬間に生徒達が映されたものへ切り替わった。
四枚とも別々の生徒を映しているのだが、一枚はリティだった。
木々が少ない開けた場所で剣を抜かずに佇んでおり、剣の束に片手を置いていた。
周りには五人の生徒。
明らかにリティを狙い、囲んでいる動きだった。
協力関係を結ぶのは基本的に禁止されているが、強いものを潰そうという動きは暗黙の了解として許可されている。
リティは他生徒達からよほど警戒されている対象なのだろう。
五人の男子生徒が一斉にリティへ襲い掛かる。
二人が魔法を詠唱し、火球と土弾が一人の少女へ放たれた。同時に三人の男が距離を詰め、剣を振りかぶる。
金髪の一束を結っている少女は青色の剣を抜き放つ。
男子生徒との距離を一瞬で詰め、懐に入る。あまりの早さに驚愕した生徒は体勢を上向きに崩し、防御する間もなく剣が胴体に直撃した。
胸を切られた生徒は血を流すことなく、パリンと障壁が割れた音を響かせると地面から魔方陣が浮かび上がり、体が転送される。
生徒全員が携帯している魔導具が発動したのだ。
致命傷に等しい威力を受けると障壁が展開され、魔方陣でコロシアムの端にある安全地帯へと転移されるやつだ。
「リティ様はさすがでございますね」
映された画面を見ながら、サラさんが感嘆としていた。
リティは次々と襲い掛かる生徒達をものともせず、切り伏せている。魔法の攻撃は回避を優先し、剣で一閃して生徒達を脱落させていく。
動きも早すぎて何してるか分からないのだが、リティの見た目が良いこともあり、危なげなく何人も討ち取っている様子に観客が歓声を上げている。
切りの良いところで画面が切り替わると、ティリアの姿もあった。
いや、訂正する。そこにティリア本人は映っていない。ティリアが詠唱したらしき、土壁の物体が画面いっぱいに反映されていた。
足元から創られた分厚い土の壁が中心部を守るように作られ、周りの木々なども巻き込んで大きな砦を建設している。
地面がめくれ上がり、木の根っこまで巻き添えにした壁だ。
これほどまで大規模な魔法はティリアしか使えないだろうと推測した俺は、一応精霊に頼んで視てみる。
やはり、ティリアだ。杖を両手で持ち、目を瞑って詠唱している。
ティリアは開始直後から一歩も動かず、ひたすら周り一帯を土壁で要塞を創っていたのだ。
まさかの防衛。徐々に形となる砦は周囲一帯から完全に浮いており、やけに目立っていた。
「あれ、ティリアの魔法ですね」
侯爵様に教える。
「防衛するというのかい……?」
「……らしいですね」
中々見ない選択だ。
予選でも多くの者に見られているので、知名度を上げるアピールチャンスとなる。それを不意にして、ティリアは本選に行くことだけを考えている。
しかし、目立つ要塞化していく土壁に周囲の生徒達も気付き始めている。
壊そうとする生徒が続々と現れ、魔法や剣で土壁を破壊しようとする様が画面に映し出されていた。
「……あれで、最後まで残れるのかい? 叩こうとする者が多いようだけど」
侯爵様が心配している。
「ティリアは魔力量がずば抜けてますので大丈夫かと」
俺が言ったそばから、破壊された箇所から修復されていく様子が映し出されていた。周りに集まっている生徒達はどうにかしようと四苦八苦していて、強力な魔法や身体強化で一撃を込めた攻撃を叩き込んでいる。
しかし、半壊したところから更に上塗りで堅固な土壁が創られていく。数人が攻撃していたが、突破は敵わず、どうにも出来ずにいる様子を数分ほど映し出されていた。
無為に終わり、諦めていく生徒が大半だ。
ティリアは上位十二人が決まるまで一切動かないようで、土の要塞から顔も出そうとはしない。堅実な戦い方すぎて、会場の約二割からブーイングされている。
俺達の陣営はそれを見て眉をしかめた。
理にかなっている戦い方だし、俺は作戦を考えたティリアを評価したい。口早に侯爵様にそのことを解説し、ヤジを飛ばされる戦い方ではないことを伝える。
納得してくれたのかどうかは分からないが、ブーイングした者の顔を忘れないとだけ軽く笑いながら返された。
恐ろしい冷たい顔をしている侯爵様は置いておき、ティリアとリティの二人は見ている限り、順当に勝ち上がりそうだ。
一安堵して、俺も純粋に学園祭を楽しもうと思う。
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