第9話
戻ってきた冒険者の処置を施し、話を聞いたギルドマスターは直ぐに動いた。何枚もの白紙の紙へ筆を走らせ、判子を押したものをギルド職員へ手渡して指示を飛ばしていく。
上司から勅命を受けた職員は慌ただしく動き、最低限の数を残して書状を抱えて走っていった。
今現在、この場にいる冒険者には仲間や伝手のある冒険者を集めるように伝えられ、ギルドに所属している者が多数集合した。
殆どの職員が出払ったギルドで数百名以上の冒険者が待機し、長テーブルや隣接している酒場の椅子は全て埋め尽くされている。
俺も新規冒険者側の受付付近を陣取っており、リティとティリアの二人と顔を見合わせていた。
「人口密度が凄いわね」
「冒険者の方って沢山居るんですね……」
「この国に滞在している冒険者がほとんど集まってるんだろうな」
続々と集まる冒険者達に圧倒されていると情報が公開された。
ギルドマスター自らが声を上げて。
半円形状集まった冒険者達はギルドマスターの話に耳を澄ます。
「――非常事態だ。北東の森に複数の魔物の王を確認した。先発隊の報せによって分かったのは三体の災害級。ゴブリンキング、オークキング、トロールキングだ。同系統の眷属も複数確認している。軍勢のほとんどが低位のゴブリンだが、上位個体も数体混じり、コボルトやオーガもいるらしい。目視による数は低く見積もって千体……確かな数は不明だが、数千はくだらないだろう」
「はァ? 王が三体に千体の魔物だと……? それに魔物が徒党を組んでるってことか!?」
「んなことよりも、どうして今まで魔物の大群に気付かなかったんだ?」
「おかしいだろ。あそこの森の先は聖堂教会だぞ。なんでそんなとこから魔物が現れたんだよ……」
ギルドマスターから告げられた言葉に誰もが嘘だと、そう思ったに違いない。ギルド内が一気に騒がしくなり、冒険者達がひそひそと話し合う。
喧騒に包まれた中で俺も驚いている。
魔物が徒党を組むなんて有り得ないというのが常識だ。同種族が連携を取ることは知られているが、複数の種族がいがみ合うことなく集うなど聞いたことがない。
それも魔物の最上位個体が三体揃って。到底信じられる話ではなかった。歴史上、このような事態になったことがない。
「見間違いじゃねえのか!?」
「事実だ。先発隊が壊滅し、生き残った一人の証言だ」
「そいつ、仲間が死んで錯乱してたとかだろ……?」
「もし、そうだったとしても先発隊が壊滅した事実に変わりない。目の前に脅威となるものがいる。オレは生き残って持ってきた情報を信じて最善を尽くす。お前らが突拍子もない話で信じられねえのも分かるが、魔物の王がすぐそこに居ると自覚して聞け」
話に出た魔物の王、その内の一体でも国が総力を上げて討伐するものだ。
ゴブリンキング。オークキング。トロールキング。
魔物の三体の王は有名だ。中でも知名度があるのはゴブリンキング。『国堕とし』という別名が付けられており、吟遊詩人が歌にするぐらい広まっている魔物である。
歌の内容が主人公である英雄が悲劇な末路を迎え、一国の姫が殺されるというものだ。
そんな魔物の最上位及び、眷属とされる魔物が千体。
「勝ち目はあるのでしょうか……?」
ティリアが不安そうに呟くが、リティが安心させるように肩を軽く叩いた。
「わたしたちは前線に出ないだろうし、大丈夫よ」
それは彼女の不安を取り除こうとしたのだろう。勝てるかどうかの問いには答えず、曖昧に濁した上での内容のすげ替え。
まあ、どう見ても勝ち目がないことは明らか。
だが、ティリアが心配なのは分かるが、リティの判断は良くない。
この国が滅ぶかどうかの直面。学園の生徒であり、冒険者を選んだ彼女を甘えさせてはいけない。
「前線に出る出ないとかの問題じゃないぞ。この国が滅ぶ可能性が高い」
「そう、ですよね」
沈痛な面持ちになったティリア。
「分かってるわよ。でも、わたしらがどうこうできる問題じゃないわ」
それを見たリティに睨まれてしまった。
「……確かにその通りだ。悲観したところで現状に変わりはない」
『国堕とし』『略奪者』『三首の悪意』
俺自身、死にたくはない。だが、それら魔物と戦わなくても分かる。この国は滅ぶだろう。国の総力を上げても勝ち目はないのだ。
この国にも戦力となる騎士団や高ランク冒険者はいるが、戦力を集めても到底届かない。
そんなことを他人事のように感じてしまう俺が居る。
「私たちは、やれることを全力でこなすだけ」
ティリアが頼もしそうにリティに見て感動している。俺もティリアと同じ表情になっていると思う。
「リティちゃん……。わたし、もう弱音は吐きませんっ! 頑張ります!」
毅然と台詞を吐いた少女達が何だかとても眩しく見えた。俺も彼女達を見習おう。
「そうだな。俺たちが出来ること、最善を尽くそう」
そう話し合っているとギルドマスターが周りに聞こえる声で話していくのに聞き耳を立てる。
「過去に無い例だ。恐らく……裏に魔物共を操っている者がいる。こうなったら隠す義理立てもねえから言うが、三体の王がいるっていう話を信じている理由を話す。秘密裏にこの国で三人の英雄が集会する予定だった。だからそのときを狙って動いたんだろう」
ギルドマスターが言った――魔物を操る者。
魔物を使役することができる者は魔族のみ。
それは子供だろうと周知の事実。神を信仰し、魔族断罪を掲げる聖堂教会が僻地の村にも広めている。
しかし、魔族が魔物の王を従えた話は過去にない。
「魔物の王を従える魔族……まさか、魔王か」
誰かが呟いた憶測に、大勢の冒険者が反応した。
「魔王だと!? 今まで沈黙していた魔王が出てきたってのか!?」
「王が三体だぞ? 可能性としてあるんじゃないのか」
「まじかよ……。確実に死んだわ、俺達」
「おれ、昨日、プロポーズしたばかりだぜ……」
俺も他冒険者と同じことを考えたが、英雄達の集会を狙ってということなら十分に有り得る。
魔族最強とされる七王。
遥か遠い魔大陸と呼ばれている場所で魔族を従えている者が七人存在する。その者達を俺達人間は魔王と呼称し、いずれ倒さなくてはいけない。
――人類の脅威、人を滅ぼす者。それが魔王だ。
神に仕え、神聖なる聖堂教会が打倒を掲げている相手でもあり、英雄が倒す相手でもある。
今まで表舞台に出てこなかった魔王が目先の脅威となって現れたのは英雄のせい。
――逆に、七英雄と呼ばれる者こそが、魔族を滅ぼす者なのだから。
「……死ぬのはゴメンだ」
冒険者の中でも随一に強面の男がギルドマスターに言った。
「魔王がいるかどうかは不明だ。あくまで可能性の話になる。しかし、こちらも三人の英雄が居る。剣聖、賢者、聖女。魔法師団と聖堂教会も加わり、共同での討伐戦だ。これは、この国の存続を賭けた戦いになるだろう。上層部は冒険者も強制で参加させる命を下し、これは決定事項となった。Cランク以上は遊撃隊に加わり、それ以下は後方支援に回る」
「三人の英雄がやるってんなら何とかなるんじゃないか……?」
「めっちゃ強えんだろ?」
「英雄が居るんならいけるんじゃ」
そんな声が冒険者達の中で上がる。
俺も少し期待した。英雄が三人も居るのなら、魔物がどれだけ居ようといけるのではと。
選ばれた英雄は特別だ。
剣聖はドラゴンを倒し、賢者はベヒーモスを単独で倒している。聖女の癒しの力は何百人を一斉に回復させたと噂で聞いた。
英雄に選ばれたことで、元々才能があった者の力を大幅に引き上げられ、特別な能力も得ている。常人と比べられないほど強く、一騎当千並だ。
……だからこそ、なんで俺が英雄に選ばれたのか謎なのだが。
「……合わせた戦力は何人ぐらいなんだ?」
「戦力となるのは約二千に満たないな。だが、オレら冒険者の役目はとにかく魔物の数を減らすこと。あとは英雄たちと騎士団が何とかする」
「数を減らすっても、不在のパーティーを除けば、Aランクパーティーが五組だけだぞ? こんなんで勝てんのか……?」
「……そうだな。揃っていないが、この場にいる人数でどうにかするしかない。勝ち目の薄い戦いはしたくねえが、逃げても敵前逃亡の汚名を着せられて、干されるか処刑される。オレから一つ言えるのは、死にたくねえから尽力するってことだ」
それがギルドマスターの本心なのだろう。苦渋の表情を浮かべており、周りの冒険者へ顔を向けた。
熟練の冒険者らしき者は渋々納得したかのように頷き合い、迅速に仲間同士で装備の確認や補給する物資の相談を始めた。
それを見た中級冒険者も前向きに仲間と話し合っていく。
ガヤガヤとギルドが賑わっていくと、ギルドマスターの横にいた者が大声を上げた。
「――Cランク未満の者はこっちに集まれ! 後方支援の役割を説明する!」
俺も加わることになる部隊の説明を聞きに腰を上げる。
不安そうなティリアと一緒にリティも続く。
学園の生徒でもある二人は強制参加なのだろうかと考えながら男のほうへ行くと、同じ低ランク冒険者がぞろぞろと集まってきた。
この場にいる大半の冒険者がいわゆる低ランク冒険者らしく、半数以上がこっちに来ている。
「これで全部か? まあいい、説明していくぞ。俺はBランクパーティーのリーダーをやってて後方支援の指揮を任された。ギルマスが言った通り、Cランク未満の者は主に後方支援。役割は本隊の補給と、市街地に侵入した魔物を発見次第、報告する係だ。連携は不要で、パーティーで組んでる者は集まって代表者がこの紙にパーティー名と人数を書いてくれ。ソロのやつは記入時に伝えてほしい。人数によって配置する場所と役割はこっちで勝手に決めるから、指示するまでギルドで待機な」
円を組むように約二百名ほどが男の話を聞き、パーティーのリーダーやソロの冒険者が指示された通りに名前や人数を書きに行く。
俺もリーダーで年長者であるから書きに行こうしたが、直前で思い留まった。
「そういえば、パーティー名って決めてないよな?」
「はい、まだ決めてなかったです」
「そうね。今、ちゃちゃっと決めましょうか」
急遽、三人で決めることに。
何がいいのだろうか。有名なパーティーだと『英傑』『氷凛六花』『始まりの奇跡』っていう名前だ。
「どうせなら格好良いやつがいいです!」
ティリアが先程の陰った顔は鳴りを潜め、殊更に明るく提案をしてきた。
無理をしているのかもしれない。だけど、暗いよりは何倍もいいか。
そう思った俺はティリアへ案を促してみる。
「例えばどんなやつだ?」
「超新星のカタストロフィとか!」
「却下」
リティの即答が返ってきた。
まあ、うん。分かる。
「では、深淵のリベリオンで!」
「却下で」
俺も反対意見を飛ばしてみる。仰々しいというか、なんというか。
「ではでは、不滅のトワイライト!」
「……却下」
リティと視線を合わせて、やっぱ無いよなという反応になる。
「で、では、無限のエレウテリア!」
「もっと普通のはないのか……?」
「……くっ。どうしてダメなんです?」
「意味が分からないからよ。もうリーダーのハルトが決めていいわ。ティリアの感性はおかしいから任せちゃ駄目」
「……んー、そう言われるとパッと思い浮かばないけどな。今回の討伐戦に必要で付ける名前だし、適当でいいか?」
あくまで仮の名だ。もしかしたら最後になるのかもしれないが……不穏なことを考えるのは止そう。
「ええ、任せるわ」
「じゃ、書いてくるから待っててくれ」
「き、期待してますよ!」
パーティーリーダーが集まるところに行き、紙へ記入していく。
パーティー名、新米冒険者三人。人数3。
パーティー名でもなく締まらないやつだが、結局は仮名だしな。これでいいだろ。ティリアが納得する名前ではないだろうが、あくまで仮だし。
記入を終えた俺はついでに聞いておくのも忘れない。
「あの、すみません。自分のパーティーに学園の生徒が二人居るんですけど、後方支援に回るのは絶対なんでしょうか?」
「あー、学園の生徒か。生徒に冒険者の義務は生じない。学園の対応は避難民の先導だ。冒険者として参加するか、学園側に行くかは生徒本人に任せている」
やはり、そうか。
「ありがとうございます。自分はソロで参加するかもしれません。二人に聞いてきます」
「ああ、どっちに決まったにしろ、また来てくれ」
二人は学園側に着いたほうがいい。それなりに戦えるにしても、安全が確保されていない後方支援よりも避難民を先導したほうが遥かに生存率は上だ。
三人の英雄がどれほど強いのか定かだが、無事な保証はない。
「お帰りなさい! なんて決めたんですか?」
パーティー名が気になるティリアが詰め寄ってきた。
「まあ、適当にな」
「ええ、教えてくださいよー」
「ティリアが付ける名前よりも絶対良いものよ。あとで聞きましょ。ハルト、私たちは呼ばれるまで待機でいいのよね?」
すまない。期待に応えられてない。めちゃくちゃ適当に書いてきた。いや、それよりも。
「二人とも聞いてくれ。学園の生徒は冒険者の義務が生じないそうだ。学園側は避難民の先導役で、冒険者側と選べるらしい。俺としては二人とも学園側にいって避難民を先導してほしい」
「それは、ハルトさんはソロでやるってことですか……? 絶対にダメですよ! わたしもリティちゃんも一緒ですっ。ね?」
「そうね。ハルトは仲間なのよ。命を助けられた恩もある。パーティーを組んだんだから、こんなときこそ一緒に行動するべきだわ」
二人の意向は俺と共に冒険者側に参加したいとのこと。
「親にはどう説明するんだ。許してくれないだろ」
二人とも貴族だ。
家から追い出された俺とは違う。
「問題ないですっ。決めたことを曲げないのがわたしです!」
「ティリアは頑固よ。本当に。……できるだけ、生存率を上げたいから三人で行動しましょう」
リティは既に説得を諦めているようだが。
にしても、まだ若い少女二人をむざむざと危険な場所へ連れていくわけにはいかない。
「お前たち、分かってるのか。死ぬかもしれないんだぞ……?」
「分かっています。だから、なおさら一緒に居るべきです」
「……私はティリアを死なせたくないわ。だから、死なせないようにするにはハルトの力が頼りなの。もしかしたら学園側にいるより安全だと思ってる」
口を引き結び、神妙な顔をした二人。
真剣に選び、決めた上での選択だった。
ティリアの覚悟は本物で、いつも抜けているような子供らしさがあった雰囲気は消え去り、今はとても精悍な顔をしている。
リティの言っていることはよく分からなかったが、俺と行動を共にすることを望んでいる。どうみても学園側で避難民の先導をしたほうが戦わなくてリスクはなさそうなのだが。
「……死地になるかもしれない。そもそも、英雄の力に頼った防衛戦だ。彼らがどれだけ強いのか知らないが、冒険者側の生存率は低い」
「なら、一緒に死にましょう。助けられたこの命、ハルトさんへ預けます。わたしがそうしたいから、そうするんです。ハルトさんの実力からして邪魔なのかもしれません。ですが、わたしたちを傍に置いてください」
決意は固いようで、俺が何を言っても曲げなさそうである。
「……二人とも頑固すぎて大馬鹿者だな」
「ふふ、ハルトさんほどじゃないですよ」
「ええ、あなたのほうがお人好しの馬鹿よ」
軽い笑みを浮かべた二人。
俺は細く息を吐き、この二人の命を預かることに決めた。
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