第18話
2章 妹と勉強
ジリリリリリリ。
目覚ましの音で起きる。だが、頭が霞(かすみ)がかかっている。しばらくそのままになっていて。
・・・・・・・・
「いかんいかん。早く起きなければ」
さっと目覚ましを止めて、すぐに着替えをする。今は7時。美亜は起こしてくれなかったのか?
と思って気づいた。今日は美亜の弁当の当番と言うことに。
「おっはよーん、お兄チャーン。きょうもお寝坊さんかなー☆」
美亜の声が聞こえた。俺は上半身だけ起き上がったが、まだ頭がぼーっとしていたので目をパチパチさせる。
「おはよう」
「おお、お兄ちゃん起きたね。目覚めた?」
「半分ほど」
「顔洗ってきなよ」
「そうさせてもらう」
顔と言わず頭ごと洗う。もちろん温度は一番冷たい水で。
「!!!!!!!!!」
これはかなり効くな。目が覚めた。
「ああ、目が覚めた」
頭をゴシゴシと拭いて、リビングに行く。そこのちゃぶ台には2つの弁当とお母さんが作ってくれたであろう、一つのレタスとハムのホットサンドが置かれていた。
俺は弁当を指さした。
「美亜が作ったのか?これ」
美亜は得意げな顔をする。
「そうだよーん。どう、実の妹からの手作り弁当!全国1000万人の妹ファアンが泣いて喜ぶシチュエーションでしょ?」
その弁当は毎度の如く豚生姜焼き弁当であることはあえて触れまい。まあ、美味しいんだけどね。
「じゃあ、私は先に行っているね」
「おー、気をつけてな」
そう言うと美亜ははにかんで腕をブンブン振って去って行った。
コーヒーを用意してレタスハムサンドを一かじり。
「うむ、結構美味しいな」
さすがのお母さんの腕だった。
そして、4時限目の世界史。この世界史担当の石井先生は熱血先生が多いこの学校でも屈指(くっし)の熱血先生で、教師としての誇りも凄まじく、就職課での担任だが、進学科でも困った生徒がいたのなら、駆けつけて面倒を見る熱血ぶりでかなりの名物先生だ。
授業の内容も凄まじく。独自の歴史論を持っており、学習要項はそれ専用のノートを渡して、独自の世界史論をぶちまけるかなりの型外れの教師だ。
その石井先生が欧米による世界の植民地政策を述べて(のべて)いた、前半までは。後半になると、欧米が世界を植民地化した大義や背景を一人一人の生徒に当てさせていた。
「中西、お前はなぜ欧米の植民地がそんなに発展して行ったと思う?」
「そ、それはヨーロッパが銃などの軍事力を持っていたからでしょうか?」
「軍事力の観点からすれば、古代東アジアで中国が巨大な軍事力を持っていたが、なぜ、朝鮮や日本を植民地にしなかったのだ?」
「う、それは・・・・・」
「はい!山田ー、お前はどう思う?」
仁は立って答えた。
「なぜヨーロッパがそんなにも世界を植民地にして、中国がしなかったのかと言うと、ヨーロッパが植民地にした背景を考えれば分かりやすいと思います」
「ほー」
石井先生の目が細まる。これは長い間付き合わないとわからないことだが、石井先生の好奇心が高まった時の合図だ。
「まず、ヨーロッパが植民地政策をした背景に、完全にキリスト教があります。聖書を読めばわかる通り、キリスト教は信仰を持たない人しか天国に行けれません。たとえ、どんな聖人といえど、キリスト教徒でなければ天国に入れないのです。
そして、これもイエスが直接語っていることですが、死ねばどんな人も無意味になる。信仰に生きるものだけが死んでも善である、と。
なので、多くの人を天国に行かせるためにヨーロッパやあとアメリカは世界を植民地化して行って、アメリカではネイティブアメリカンをアメリカの統治から追い出しました」
パチパチ。
「素晴らしいな、山田―!あと、先住民のことをインディアンと呼ばなかったことを褒めて(ほめて)やるぞ」
「ありがとうございます。もう時間も押していることですし、話を続けてもいいでしょうか?」
「かまわん!」
「そして、もう一つは、資本主義社会の形成です。資本主義の古典派、アダム・スミスなどの思想の受け入れで、貨幣(かへい)を媒体(ばいたい)とした取引では、売る側も買う側もどちらもウィンウィンになる。なので、途上国を近代化させて、近代国家にして資本主義が発展すればよりどちらも豊かになることができる、と言う発想です。
そのために途上国の保護国になり、近代国家の後押しをヨーロッパなどが主張した植民地政策なのです。まあ、当時の人はそれは虚言(きょげん)だと知っていて、その植民地政策を手厳しく批判した、カール・マルクス、エンゲルスを母体とした社会主義に善良な人々は大きく関心を寄せました。それで・・・・・・」
その時予鈴がなった。しかし、石井先生は腕を組んで立っている。終わらす気はないらしい。
「ロシアにソ連邦ができたときにはかなりの人はその思想に賛同しました。それは冷戦が終わるまで続きます。少し頭の良い人たちは欧米の植民地政策に大義がないと言うことを気づいていたのでしょう。
そして、中国がなぜ植民地政策をしなかった点に言えば、古代と近代の海軍力の性能が上げられると思います。
古代の海軍は一応は海に移動できるとは言え、台風や大雨が来れば沈没することもありえない話ではありませんでした。
しかも、軍隊となると大勢の船が進行します。そのとき嵐などが起きて一つの船が舵を取れなくなって、他の船を直撃すると、芋づる式(いもづるしき)に部隊が全滅する話もありえない話ではありませんでした」
俺はチラッと教室の外を見る。そこには弁当を持った神崎さんが立ち尽くしていた。
「なので、古代において、海軍から他の地域を制圧することはとてもリスクのある話だと思います。ローマ帝国やモンゴル大帝国のような世界史に残る大帝国のほとんどは陸軍が主力だと言うことも肯けます。
なので、単純に軍事力といっても、古代、中世と近代では大きく事情が違うと思います。我々は軍事力という意味合いに、どのような軍隊であり、どのような戦争を行うのか、を時代ごとに区別して行きませんし、現代においてもなお一層(いっそう)それが求められると思います」
パチパチパチパチ。
俺たちは早く飯を食べたいという欲求をまるで存在しないかのように石井先生が感極まって(かんきわまって)言った。
「素晴らしかったぞ、山田!さ、予鈴もなったことだし、本日の授業はここまで、次の授業は学習要綱(がくしゅうようこう)の範囲でテストを行うぞ。あと、本日のテーマでレポート提出をするように。以上だ」
起立、礼。日直の声が聞こえるや否や、周りから大きな嘆息があふれた。
「石井先生の話は面白いんだけどさ。予鈴ぐらい気にしてほしいよな」
仁の席に来た五十嵐がさっそく愚痴(ぐち)をこぼす。
「五十嵐、今日は弁当?」
「いや、購買」
「悪いな。今日は疲れて購買に行く気がしない。今日は自分の分は自分で買ってきてほしい」
それに五十嵐が素っ頓狂(すっとんきょう)な声をあげる。
「マジかよ!なら早めに行ってこないと!」
「頑張れよー」
俺はやる気のない声を出して、仁の席と周りの席をくっつけた。
それに神崎さんや是枝も来て、仁の隣の席とくっつけて座った。
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