第168話 その3

 (頼まれ事は、あの女をクビにすることだったが、こうなっては手出しはできんな。さて、どうする)


葉栗はまた考え込む。


(まあいいか、クビには出来なかったが私の尽力で飼い殺しにしたと言っておこう。打診してきたのは向こうからだし、それほど頑張る必要もない。切るのはもったいない縁だ、逆に長引かせてパイプを太くさせるのもいいか。

 そうすれば、あの女のバックアップがあれば、夢が夢でなくなる)


 そう考えをまとめると、葉栗は自分の描く夢に思いを走らせるのだった。




 場所は名古屋に戻る。


 千秋は退室したあと、経理部に向かっていた。

 一色達に指示の伝達をしたかったのと、様子を見たかったからだ。

 しかし今朝の態度が気になって顔を会わせづらい気持ちでもあった。


 経理部前の通路から扉を少し開けて、中をそっと覗く。企画部と同じく大部屋に3つの課に分かれてシマがある。違うのはパーティションで仕切られている事くらいか。

 一色達はどこだろうと探していると、後ろから声をかけられた。


「ちょっと、あなた何しているの」


 慌てて振り返ると、千秋より首ひとつ分背は低いが、前後と横幅はふたまわり大きい女がいた。


 振り返った勢いで、首からぶら下がっていたIDプレートが踊るが、それを女が掴まえるとぐいっと引っ張る。千秋は首ごと身体が寄せられる。


「企画3課主任、佐野千秋……、ああ、あんたが」


そのままじろりと見上げられる。


「何しに来たの」


「ち、ちょっと離して、これじゃ話せない」


女がIDを離すと、千秋は姿勢と呼吸を整える。


「あなた誰」


「質問しているのはこっちよ」


 強気で自分勝手で押しが強い女、それが千秋のもった第一印象だった。


「うちの一色と塚本が応援に来ているので様子を見に来ただけです。で、あなた誰」


女は、ふん、と鼻をならすと自分のIDプレートを千秋の目の前に差し出して自己紹介をする。


「経理部経理2課課長の馬場まんばよ。主任の佐野さん。ちょうどよかったわ、話があるの、こっちに来て」


すたすたと先に進む後ろ姿に、千秋は呆気にとられる。仕方なくついていくと、通路にある休憩場所に着く。企画部の階にあるのと同じ設備同じ配置だった。


 馬場は自販機で缶コーヒーを2つ買うと、1つを千秋に渡した。

 今日何杯目のコーヒーだろう、少しうんざりしながら蓋を開けた。


2人とも立ったままで、馬場は千秋に話す。


「単刀直入に言うわ、一色と塚本、あの2人ちょうだい」

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