第165話 その4
「先日はたいへん失礼しました。これ、お詫びです。警備員さんにお渡ししてください」
席につくないなや、千秋は頭を下げながら芝原に菓子折りを手渡す。芝原は戸惑いながらも受けとる。
「佐野さんてお強いですけど、なにかやられていたんですか」
「はあ、ちょっと」
「何をやられていたんです」
「合気道を小さい頃から……」
「ああ、それでですか。わかりました、彼等には彼女は武道の達人だったと伝えておきます」
「そんな達人だなんて」
「そうしておきましょう。大の大人が、しかもそれなりに訓練を受けた者が3人もやられたんです。それなりの理由が無いと納得してくれませんから」
そう言われればそうかもしれないと、千秋は芝原の言葉に従うことにした。
菓子折りを隣の椅子に置くと、料理をオーダーする。事前に千秋の好き嫌いを聞いてからのおまかせランチコースを予約していた。
「ここはソムリエがいますから、本当はディナーの方が楽しめるんですよ」
「芝原さんはワインが好きなんですか」
「ええ。まあ普段は焼酎かハイボールですけど」
そうこうしているうちに料理がやってきた。美味しそうで尚且つなかなか豪華な料理だった。
(ここって、ひょっとしてお高いんじゃないのかな)
千秋がふとそう思ったのがわかったのか、芝原が話す。
「丸の内、伏見はビジネス街なんで色んなお店が多いんですよ。ビジネスマンのランチ用の店から接待用の店までね」
「ここは接待用ですよね」
「ええ、今日の料理はそれ用です」
「今回のコンペは接待されるような事はありませんと思いますけど、むしろこちらがする立場だと思いますが」
「そんなことないですよ、さ、冷めないうちに食べましょう」
芝原はカトラリーを手にすると、千秋に食事をうながした。いぶかしながらも千秋も手にすると美味しそうな料理に手をつけた。
芝原は実はまだ料理を口にしていなかった。千秋が料理を口に入れるのを見届けてから、自分も口にした。
それに千秋が気づいたのは口の中のものを呑み込んだ後だった。
「芝原さん」
「はい」
「私の食習慣のひとつに、気持ち良く食べたいというのがあるんです。何かあるんなら先に言ってもらえませんか」
「今話すと料理が冷めますよ。食習慣に反するかもしれませんが、食べながら話します」
やっぱり何かあったのか。食べてしまった以上、聴くしかない。いつもならもっと早く気づいたろうに、やっぱりまだ気が抜けているなと千秋は思った。
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