第159話 千秋の夜、護邸の夜

「ただいま」


「おかえり、食べてきたの」


「うん、豪華なフランス料理だよ」


「あら、じゃあお茶漬けでも食べる」


「うん」


 さすがおばあちゃん、食べたいものをすぐ察してくれるなと、千秋はにっこりとする。

 ダイニングテーブルの自分の席に座ると、テーブルの上に上半身を突っ伏して、ため息をついた。


「お母さんは」


「明日早いからってもう寝てるわよ」


時間を確認すると、午後10時半過ぎたところだった。


「はい、刺身の切り落としが安かったから、めんつゆで漬けにしたので作ったわよ」


「おお、豪華だね」


「おフランス料理よりかい」


祖母の気取った声に、千秋は吹き出した。


さらさらとお茶漬けをかき込むと、ごちそうさまと手を合わせる。


「はい、お粗末様」


お茶を淹れると、祖母は千秋の食器を洗い場に持っていく、その背中を千秋はぼんやりと見る。


(たしか80くらいだったかな、小柄だけど背筋がしゃんとして、いつも和服で、白髪混じりの髪をお団子にして、割烹着姿が当たり前みたいな感じだな。この人が合気道の達人なんて、誰も思わないだろうな)


「どうしたの、なにかあったの」


「ううん、べつに」


「そう」


洗い物が終わると、祖母も自分の席に座り、自分のお茶を淹れる。


「おばあちゃんは、まだ寝なくていいの」


「まあね」


それきり、2人は言葉を交わすことなく、お茶をすする音だけが室内に響いた。




「……あたしさ、なにやっているんだろうね」


「なにやっているんだろうね」


「どうしたいのかな」


「どうしたいのかね」


「どうしよう」


「どうしようかねぇ」


独り言のように呟く孫の言葉に、これまた独り言のように応える祖母。ふたたび黙り込むと、お茶を飲み干し、千秋は立ち上がり、シャワーを浴びにいく。

祖母は湯のみを片付けながら、ぽつりと呟く。


「ちょっとは大人になったようだねぇ」


シャワーを浴び終わると、千秋は寝仕度をしてベッドにもぐり込む。


(考えてもしょうがない、今はやれることをやろう。やらなくてはならないことをやろう。そのうちに見えてくるさ、やりたいことが)


そう思いながら千秋は眠りについていった。

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