第99話 その2

 大鳥常務の動揺がハッキリとわかる。おそらく向こうも分かっていたのだろうが、社長派には知られていないと思っていたのだろう。ましてや証人として護邸常務が呼ぶとは。


「サトウ課長、スズキくんと組んで横領をしていたんだね」


護邸常務からの質問に、課長は答えない。おそらく何をどう答えたらよいのか思案しているのだろう、そんな顔だった。答える内容によっては最悪の事態になるのだから。


……最悪の事態ってなんだろう


千秋は、ふと疑問に思った。


この件はもう私から離れている。なんならすぐに退出して、一色君とコンペに向かってもいいくらいだ。だけどまだ、確実ではない。席を外した途端、葉栗副社長派が息を吹きかえして、ゴリ押しをし、課長が有ること無いこと言いかねないから、まだまだ離れられない。


課長はまだ黙っている。


 千秋は横目で課長の顔を見ると、課長は予想通り必死の思案をしているような顔をしていた。その向こうに経理のコ、スズキさんが見える。こちらも顔面蒼白であった。


 相変わらずこの世を儚んだ表情をしていた。意識して見たのは2回目である。土曜の昼に蛍のスポーツジムで見たときは、もう少し明るい顔感じだったのになと、千秋は思った。


ん、でも他でも見たような気がする。直接見た2回以外だと、課長の画像フォルダとケイの防犯カメラの映像とジムの履歴書の顔写真だよね。だけどそれ以外でも見たような…… 、駄目だ、思い出せない。


 それなら課長の事を考えよう、彼にとっての最悪の事態ってなんだろう。

 横領はもう発覚している、金額と期間もだ。まだばれていないかも知れないのは、2人が不倫関係であるという事か。かたや50過ぎ、かたや20代半ば、父娘ほどの間柄ではある。ましてや、ハッキリ言って課長には男性的な魅力を感じられない。そういう間柄とは想像しづらいだろう。


そこまで考えていた時に、課長が口を開いた。


「護邸常務、正確に申し上げると彼女は私に脅されて、横領を手伝っていました」


この答に、全員がぎょっとした。


「スズキ君を脅していた? どういう事です」


「内容は言えませんが、私は彼女のとある弱味を知りました。ギャンブルに興じていた私は、彼女が経理の人間であるのを知ると、脅してデータを改ざんするようにしていたのです」


スズキが課長の顔を見るが、すぐに顔を戻しうつむいた。


「どういう事で脅していたのです」


「それは言えません。彼女を脅してごまかし、会社の金を横領し、その罪を佐野君に被せようとした卑劣な私です。ですがこうしてバレてしまった以上、反省の気持ちになっております。せめて彼女の弱味をさらけ出し、恥をかかせないことで、せめてもの罪滅ぼしとさせてください」


サトウ課長が深々と頭を下げた。

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