偵察

急いては事を仕損じる。

次の満月までにはわずか1日ばかりの猶予があるので、ひとまず俺はこの村馴染みの道具屋へと向かった。


「ばあさん、いるか」


「ばあさんとは失礼だねっ、お嬢さんと呼びな」


道具屋の中へと入るといつものやり取りをする。

道具屋の店主であるこのババアはなんと見た目麗しく長命種で有名な尖った耳のエルフである。


初めて来た時にはおれはこの世のどん底を味わったね。

エルフなのにばばあなんだから。


ちょうど来たタイミングで片眼鏡のモノクルを掛けて薬草や丸薬の鑑定を行っていたババアは片眉を上げながら野暮ったそうに聞いてきた。


「なんだい、坊や。いつものやつかい? それともMPポーションが買えるようになったかい? こいつは高いさね。ひっひっひ」


「あぁいつもの薬草に、HPポーションも。それにMPポーションも着けて売ってくれ。あと他にもいくらか欲しいな」


「なんだって?」


ばばあが思わず顔を上げた。

それもそのはずMPポーションなど普段の俺であったら手が届かい代物だからだ。


「買えるのかい」


MPポーションはひとつ金貨3枚。

補足しておくが金貨1枚は銀貨100枚で、銀貨1枚は銅貨10枚だ。

つまるところ昨日狩りで手に入れた銀貨16枚どころか銀貨300枚も必要になるのだ。


それでも俺の手持ちはこれまで蓄えてきたのもあってか金貨4枚と銀貨が80枚ほど。使ってしまえばほとんどすっからかんになってしまうが買うだけの価値はあった。


「買うさ。ほらこれが有り金全部だ」


「ひひひ、そういうなら気が変わらないうちに清算するよ。赤のHPポーションが二つで銀貨90枚、シランの薬草三つに銀貨30枚。煙幕やらしびれ粉で銀貨15枚。そして極めつけは青のMPポーションで合計金貨4枚と銀貨35枚だね」


残りはたったの銀貨45枚になってしまった。

何か月も溜めてきたのにおかげで一瞬でパーになっちまった。


この借りは倍にして返してやる。


「それで? とうとう”ヌシ”でもやろうってのかい」


「いややりたいが違う」


「そうだろうね。これだけ揃えてもアンタじゃ勝てるかどうかわからないだろうね。となると噂の方かね」


「よく知ってるな。どこで聞いたんだ」


「これでも長生きして来てるからね、私にもこの長い耳で聞こえるものがあるのさ」


やっぱり無駄に年食ってるんじゃないか。耳が長いと聞こえもいいものなのか。良く分からないがばばあも昨日の騒動やここ最近の出来事を聞いているのだろう。


ひとまず欲しい物は手に入ったので次なる行動に移すべく、店を後にしようとした。


「まちな、これはサービスさ。あと聞こえてるよ。ババアじゃなくてお嬢さんだといっただろう」


「何も言ってないぞ」


恐ろしいエルフの耳は心の中まで聞こえるのか。

皆が彼女と同じならこれから会うかもしれないエルフにはやはり身も心も紳士としてふるまうべきか。


背後に見える道具屋の看板には”フロイライン”道具店と書いてあった。



門を目指して村の中を歩いているが村中はどことなく重苦しい雰囲気が漂っている。昨日の件に続きほかでも何かあったようだ。

調べにいっても良いが直接聞いた方が早い。

俺はリックが受け持つ門へと急いだ。


「リック」


「ホクトか!」


何があったと聞けば昨日同様に暴漢に村娘が襲われそうになったらしい。幸い未遂であったことと、そいつらは村に入れなくなったので今は落ち着いているが日を跨いでも熱冷めやらぬ住民たちが説明を求めているようだった。


「ひとまず、昨日の様な連中は二度と通さない。だがこのままじゃ村そのものが心配だ。急いで一番若いライアンにエルンの町に使いを出させたが町までは往復4日はかかる。たくっ、満月の日まで1日しかないのにどうすりゃいいんだ」


そんな事を言ってまたすぐに住民たちの対応に戻ったリックだった。こちらに構う余裕も余り無いようなので、ひとりごとの様にちょっといってくるぞ、と呟いて俺は村の外へと踏み出した。


「あ。おいホクト! まてっ、危険だぞ」



アマル村の西にアマル山があるとすれば村外に出るというなら普通は東の平原だ。1日も歩けば南北に続く街道があり北にはライアンが向かったエルンの町がある。逆に南に1週間ほど人の足で走ればサランの港町があった。


俺は村を出て少し歩いた南東にある丘の上にいた。

丘といっても草木が茂りてっぺんが下からは覗けない小山のような丘だ。


足跡を消して林の中を捜索すると、予想通り簡単に足跡を見つける事が出来た。問題なのはその数と種類が思ったよりも多かった事だ。


複数人、もっと言えば10人以上を超える足跡と馬の蹄の足跡が丘を行き交うように残されている。足跡を辿るように丘のてっぺんへと歩き続ければ、やがてかすかに話し声が聞こえたので、慌てて木の上へと登り身を潜めた。


(思ったよりも多いな)


思わず生唾を飲み込んだ。数にして18人。それに馬が3頭。

一部のやつは昼間から酒を飲んでいるようだが、輪の中心から離れたものは絶えず警戒の目を光らせている。この分ではほかにも哨戒をしている者もいてまず間違いなさそうだ。


(山賊・・・いや盗賊団なのか?)


いったいどこから湧いて出たのか何と奴らは統制の取れた盗賊の集まりの様だった。俺は少し前まではこのあたりにも狩りに出ていたのでこんな奴らがいた形跡など微塵もなかった。


つまりごく最近根付いたという事。

そしてリックが言っていた村での出没報告や被害について照らし合わせるとまずこいつらのせいだとみて間違いない。


俺はすばやく各々が持つ得物と物資の残量。それに”ウィザード”がいるか確認していった。


(得物は斧や剣に弓。食料は残り少なそうだ。それにいる。杖を持ってるあいつがそうだろう)


ウィザードがいた。昨日のスキンヘッドよりもでかい男で髪をオールバックにした奴が頭目だろうが、俺はそれよりもその隣で杖を持って帽子を被ったいかにも魔法使いといった男に注目した。


この世界ではウィザードが戦闘のそのものを分けるといって差し支えない。

魔力はだれしもが持っているしスキルも使う事が出来るが、”ウィザード”はその魔力が人の数倍多くそして使える魔法も多岐に渡る。


もちろん魔力を持っているのでウィザードが使える魔法を他の者が使える場合も多いが、ウィザードはこと魔法戦におけるエキスパートと考えていいだろう。


奴がひとりいるだけで10人の悪漢が増えたと思って差し支え無い。


俺はなんとかウィザードだけでも仕留められないかと見つからない様に木を飛び移りポイントを模索した。ちょうどうなじのあたりがみえる位置に移動してみたが、つがえた矢を放つのに躊躇した。


(<シールド>のマジックアイテム)を持っているかもしれない)

<シールド>とはその名の通り物理防御の魔法だ。マジックアイテムはウィザードがちょうど首にかけている魔石付きのネックレスなどに1度だけ防御出来る魔法を込めて置くことが出来る代物だ。


俺は諦めて弓を背に戻し、情報を持ち帰るしかなかった。

しかしこのままでは済ますわけにはいかない。

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