鷹の目は今日も極上の果実を射抜く

太一

果実

ドサッっと長い斜面を滑り降り、平地に着くやいなや慌てて振り返る。

右手に持った弓を構えて背中から一つ矢をつがえて放った。


「ブモォッ!」


幸い狙いは正確で後から迫る追跡者の眉間に見事命中する。


――カキンッ


だが、2mを超える大きな巨体の主は首を振って口もとから生えた牙で弾いて見せた。


「チッ、頭まで切れやがる」


息を一つ入れ、じっくりと観察するとそれは追手も同じで

まるで同じ事を考えているかのように斜面の上からこちらの様子を伺っていた。


追手の正体とはこの辺りの山に生息する”ワイルドボア”というモンスター。

ただのモンスターではない。通常のワイルドボアの何倍も大きく、口許から伸びる牙はひと突きで木をもなぎ倒しそうなほどにするどい。左目に大きな傷跡のある”キングワイルドボア”。いわゆるヌシだ。

おまけにわざわざ無防備になるようにこの斜面におびき出したというのに、ヤツは突如立ち止まり注意深く観察する知性までみせた。


「・・・おてあげだ」


これで2度目の失敗。

悔し紛れに奥の手を使おうと思ったが止めておいた。


相手もまだまだ余裕があるだろう。

そんな状況で奥の手を切っても結果は定かではない。


「また、撤退だ」


決めるやいなや周囲を把握しながらけれど視線は決して逸らさず、

身体だけ森の中へと滑り込ませた。


「覚えてろよ、アマル山の”ヌシ”」


奴がそれ以上追って来ないのを確認し、森に身を潜ませてから俺はさらに奥深くへと身を隠した。


◆◆◆


「それで、今日の成果はこいつかい?」


「あぁ、そうだ」


ガタイの良いおっさんの前にホーンラビット6羽とワイルドボア――通常の――1頭をどかんと机の上におろしてみせる。


「おぉ、おぉ。今回も1撃で仕留めたみてーだな。

査定額はいつも通りにしとくぜ」


「頼む」


俺は仕方なくあのあと山を下りる途中で見つけた獲物を仕留め、ギルド――冒険者の互助会の様なもの――に買い取りしてもらうべく、山を下りた。


しかし毎度ギルドと言えば、年頃の可愛いや美人の受付嬢が定番。

なぜむさ苦しいおっさんしかいないんだ。


「お、おい睨むなって。わかった綺麗な状態だしまた色を付けてやるよ!」


「? ありがとう」


よくわからないがおまけしてくれるらしい。

ラッキーだと思った。


「しかし全て急所。すげー腕前だな。

この分ならたとえ”アイツ”に出会っちまってもおまえさんなら・・・ひえっ」


なんだこのおっさん前々から思ってたがでかい図体してビビりすぎじゃないか。


「だからソレやめろって。心臓にわりーだろうが!」


「・・・なにがだ?」


よくわからないが毎度やめろというがなんのことなんだ。

このオヤジはよくわからないことを言う。


しかしアイツといえばヌシのやつは今回も仕留められなかった。

思い出したが俺をわざと見逃しがやがった節があると思うと思わず眉間に皺が寄った。


「ひっ、ひぃい。だからそれやめろって!

すぐ払ってやるからもういった、いった!!」


「・・・感謝する」


よく分からないがいつものオヤジの挙動不審を眺めつつ俺は報酬の銀貨16枚を受け取り、この村唯一のオアシスへと向かった。


◆◆◆


バタンと勢い良くドアを開けると、中から大音量の騒然たる声が飛び交う。一瞬うるさかった喧騒が途切れるがまたすぐに騒がしくなるので俺はそれらを無視していつものカウンターの一番隅に腰掛けた。


「いらっしゃい、ホクト。いつものでいいのかしら?」


「ああ・・・」


そう、凛として可憐な声の主がこの村唯一のオアシスの看板娘ライラだ。


そして何よりも胸元が大きく開いた民族衣装にエプロンだけを巻いた姿に俺は釘付けになった。


「もうホクト、睨んだっておまけしてあげないんだからね!」


「いや、既に十分にしてもらってる」


ライラは一瞬不思議そうな顔をしたが、気にしても無駄だと思ったようでそのまま注文を伝えに奥へと引っ込んだ。


それにしても素晴らしい、今日もライラのあの極上の果実を目にする事が出来た。

最近ではもっぱら狩りの終わりにエールを飲みながら密かに楽しむのが日課になっている。


ちなみに、本人にはバレないようにさりげなく目を光らせるのがコツだ。


紳士は堂々と嘗め回すように見たりしないのだ。


おまたせ、とライラがエールの入ったジョッキを置いていくと、俺はそいつを掴んで豪快に喉の奥へ流し込んだ。


「ぷはーっ!」


たまらない。こいつも俺には欠かせないなんとやらだ。


「相変わらず、いい飲みっぷりだな」


と、背後から聞きなれた声がして振り向くとこれまた唯一の話相手が立っていた。ちょうどいつも空いている隣のカウンター席へと勝手に鎮座し、ライラを呼ぶ。


「あ、リックだ。今日も来てくれたんだね! いつものやつでいい?」

「あぁ頼むよ」


俺の事はお構いなしといった感じなので、それならとリックと楽しそうに話すたびに揺れる双丘をじっくりと眺めさせてもらった。今日はツイている。


「それで、また狩りに行ってたのか?」


「あぁ、アマル山だ。”ヌシ”にあった」


「そいつはっ」


それだけで俺がどういう状況になったか推察するリック。

俺の体のすみずみを眺めだしたので、野郎に見つめられる趣味は無いから止めろと止めておいた。


「村の近くまで降りて来てるのか?」


「いや、安心しろ山奥だ。俺以外ならBランク以上のパーティでもなけりゃいかないだろう」


「なら安心だな。この村にはBランクパーティなんていないし。

ホクト以外はそんな奥まで入れないからな」


そうか、と返して俺はまたエールの残りを流し込む。

奴とはいつか決着をつけてやると密かに思い、ライラに追加のエールの注文をした。


「それより門番の仕事の方はどうなんだ」


「あぁそれがな、・・・どうもキナくさくなって来やがった」


「どういうことだ」


聞けば最近素行の悪い連中が村にたびたび訪れるようになったと思えばそれがここ数日は頻繁に来るらしいとのこと。


アマル山で数日を過ごしていた俺には寝耳に水の話だった。

普段からそういうヤツとはなぜか無縁なのであまり想像も着かない。


――バタンッ


「おっと噂をすればなんとやらだぜ、ホクト」


乱暴に光られた扉から斧や剣を腰にさげた悪辣な相貌の連中が中へと入ってきた。残念ながらこの村唯一の酒場は盛況でテーブルは既に埋まってしまっている。


「なぁにーちゃん、そこゆずってくれよなあっ!?」


「な、なんだアンタ」


先にテーブル席に座っていた二人組のテーブルに強引に座り込み。

席から追い出すように押しのける三人組の連中。

これ見よがしに腰の得物に手を当てて見せ、脅しまがいに席を強引に奪い取った。


「あのやろう。おれの目の前でやりやがった」


思わずリックが立ちあがったが、連中の目当てはリックの側で怯えていたライラの方だった。


下卑た笑いを浮かべ、手招きしながら震えるライラを呼び込む。


「よお、ねえちゃん。エールだ! こっちきて酌してくれよ」


「い、いらっしゃいませ。エールですか?」


「そうそう! 早くこっち来ておいらの膝の上座んな」


「おい、おまえらっ!!」


リックが我慢ならんと飛び出そうとしていた。

かくいう俺も怒りが怒髪天に登ろうかというとこで奴らを睨みつける。


俺が愛でる極上の果実を汚すやつは敵だ。

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