第32話 真実3

 誰ともすれ違わずにしばらく歩くと、分譲の住宅地が見えてきた。どれも比較的新しい家だ。18年前から建っていたとは思えない。

 内心、予想はしていた。僕の記憶の中にある古い借家。18年前の記憶ですらあの家は既に古かったのだ。とうに壊されて新しい建売住宅に変わっていても不思議じゃない。


 その住宅地を過ぎて更に歩く。再び真新しい住宅地が姿を現す。闇雲に歩くもそれらしい借家は見つからなかった。アオイは黙って僕が納得するまで付いてくる。彼女の額に汗が浮かび前髪は束になって額に張り付いていた。


「暑いね。アオイ、大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ?」

 そう言って首を傾げる。こんな時でさえ可愛いと思い欲情が沸いてくる。


 そのまま道なりに真っすぐ歩いて行くと丁字路にぶつかった。左を見るも田んぼばかりで何もない。右を見ると相変わらず真新しい住宅地が続いていた。逡巡し右へ向かう。300メートル程歩いた所で足を止めた。古い滑り台とブランコがあるだけの公園。ここに来るのは初めてじゃないと直感的にそう思った。


「ここに来た事がある」

「え? この公園?」

「うん」

「じゃあもう、この辺りに住んでいた事は確定だね」

「そうだね」

 特に感動も感慨深い物も無かった。新しい住宅が立ち並びがらっと様変わりしてしまっているからだろう。


「どうする? まだ探す?」

「アオイ見て」

 僕は彼女の質問には答えずそう言って住宅地の方を指差す。


「きっと僕が住んでいた家はあの区画内にあったとおもうんだよ。でもとっくに取り壊されて新しい家が建っている。どんなに探しても見つからないよ」

 根拠は無いけれど確信はあった。公園の位置。家からの距離。


「そっか……」

 アオイはぽつりと呟いた。


「真也君の家、無くなっちゃんだね」

「そうだね」

「お父さん、どこ行ったんだろうね」

 

 父はあの後どこに行ったんだろう。僕を探したのだろうか。居なくなって少しは心配してくれたのだろうか。居なくなって清々しただろうか。だけど 別に、どこへ行こうと構わなかった。むしろ家も無くなり、父もいなくなっていた事に安堵すらした。結局、僕がどこの誰だか判らないままだけれど、悲観はしなかった。人生の殆どを1人で生きてきて、ようやく大切な人が出来た。それだけで十分だった。


「とりあえず山形駅へ戻ろう。暑くて死にそうだよ」

 正午を回り真夏の太陽が容赦なく僕たちに降り注ぎ体力を奪っていた。小さな体のアオイも首筋に汗を滲ませ先程から頻りにタオルで汗を拭っていた。


 タクシーを捕まえるのに難儀したけれど、なんとか山形駅へ戻れた。時刻は1時を回っていた。

「何か食べよう」


 山形駅前は割と大きなビルや建物が立ち並び都会のそれと変わらないのだけれど、どこか異様な感じがした。なんだろうと考えてすぐに気付く。建物の立派さに比べて人が全然いないのだ。何故こんなに人が少ないのにこんなに沢山建ててしまったんだろう。ひょっとしたらこれらを建てた時はもっと人がいたのだろうか。過剰とも思えるビルや建物を見てそう思った。


 暑さから逃れるように適当な飲食店に入り簡単な昼食を済ませる。


 その後、霞城セントラル展望ロビーに行き山形市内の景色を見た。東西南北に山の稜線が見え山に囲まれているんだと言う事を知る。田舎だ。東京で見る景色とは全く違う。だけれど、不思議と心が落ち着いた。


 まだ時間がある為、アオイの案内で霞城公園へ行ったのは良いけれど、あまりの暑さに散歩する気にもなれず2人で途方に暮れた。


「なんもないでしょ?」

 小さな肩を落とした彼女が申し訳なさそうに言う。別に彼女の所為でも無いのに気に病んで言うその姿がいじらしくて暑いにも拘わらず彼女の手を握り、

「アオイと一緒なら楽しいよ」と言うと彼女も手を握り返してきた。お互いの手の汗が混ざりあい、手でキスをしている様な気分だった。


 今からホテルに行っても早すぎるしどこかで時間を潰そうと言う事になり、霞城セントラルにある映画館へ向かった。暑さから避難したと言った方が正しいかもしれない。


 海外のアクション映画を見終わる頃には午後5時になっていた。少し涼しくなってきたので昼間断念した霞城公園の散策をして、その後チェーン店の居酒屋へ入って夕食を取る事にした。


 僕が生ビールを頼むとアオイは梅酒ソーダを注文した。

「飲みすぎるなよ」と忠告はしたけれど咎める事はしなかった。結局3杯もチューハイを飲んだアオイを抱えるようにタクシーを拾い、スマホで検索していたラブホテルへ向かう。


 2人で客として初めて入るラブホテルに少し興奮した。アオイはスニーカーを脱いでフラフラと客室へ向かうとうつ伏せにベッドに倒れ込んだ。


「だから飲みすぎるなって言っただろう? 水飲む?」

「要らない」と言って寝返りを打って仰向けになった。ミニスカートから覗く白い脚に釘付けになりそのままベッドへ近付くと彼女に覆いかぶさった。

「ん……汗かいたから」と甘い声を出し弱々しく抵抗する。

「ダメ、後で」と言って薄っすら汗の滲む首筋に舌を這わせた。




 彼女をベッドに残し、下着だけ穿いて部屋をうろつく。ウチの系列の店じゃないけれど掃除は行き届いていて清潔そうだ。風呂場もしっかり掃除してある。変な所で職業病が出てしまい思わず苦笑する。


 2時間ほど2人で仮眠を取り、アオイの酔いが醒めてから2人でシャワーを浴びた。こんな事は浴室の広いラブホテルでしか出来ない事だ。年甲斐も無く2人でじゃれ合って体を洗い合った。


 バスローブを着てソファーに座り缶ビールを飲んでいると髪を乾かしていたアオイが戻ってきて、

「あ! また飲んでる。私も飲みたい」と言って冷蔵庫から缶チューハイを片手に持ちソファーへ近寄って来ると僕にくっ付く様に腰掛け体を預けてきた。


「まだ飲むの? また気分悪くなるよ?」

「いいじゃん、のど渇いたもん」

「ジュースにしておけばいいのに」

「だってわたしが酔った方が真也君嬉しいでしょ?」

 確かに酔った時の彼女は少し大胆になり、僕の上に跨ってくる事も有る。


「嬉しいって言うか、普段と違うアオイが見れて新鮮と言うか……」

「うふふ……もう、エッチ……」

 チューハイで濡れた唇にキスをした。甘い味がした。


「ねえ、わたしってチョロい?」

 酔うと必ず訊いてくる質問。


「外で僕以外の人と飲まないでね」

「心配してくれるの?」

 そう言っていつもの様に首を傾げる。


「酔ったアオイはチョロいからね」

「心配してくれるんだ、嬉しい」

 すでに顔を赤らめほろ酔いの彼女が僕の肩に頭を預けてきた。


「ねえ、アレ使ってみる?」

「アレって?」

「アレ」 

 そう言って僕はベッド脇にこれ見よがしに置いてある電マを指差す。


 アオイはしばらくぽかんと口を開け僕の指差す物を見ていたけれど、ようやく僕の指差す物に見当が付いたのかトロンとした目で僕を見つめ、

「手抜きするの?」と言って首を傾げた。


「手抜きって言うか、アオイをもっと気持ち良くさせてあげられるかも知れないよ?」

 そうわざと意地悪く言ってみた。どれほどの威力があるのか分からなかったけれど、もっと乱れるアオイが見たかった。


「痛くない?」

「さあ、僕も使った事無いから分からないけど」

 気持ちが高揚してくるのが分かった。息も荒くなる。アオイは少し照れ臭そうにしていたけれどやがて、


「うん……いいよ……」と言ってキスをせがんできた。




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