第96話 帰阪

八月十六日。

現在はちょうど正午を回ったころ。

拓哉は帰阪する為の新幹線に乗っていた。


本来拓哉はこの時間はまだ実家にいる予定だった。

夜の八時ごろを目標に帰るつもりで新幹線の予約を取っていた。

だが拓哉は自由席を利用してまでも帰阪を急いだ。


というのも--


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「--光はあんたがおらん間にあっちでデートを楽しんだみたいやけどな。」

御子はニヤッとしながらそう言い放った。


「・・・・・・・え?えぇえええええええええ!!?」

おかげで拓哉の眠気は吹き飛んでしまった。


「え?え?どういうこと!?」

「ふふ。本人に聞いたらええやん。」

御子はにやにやしながらそう言って突き放した。


拓哉は混乱の余り言葉が出ていなかった。


「これで少しくらい焦るやろ?あんたは焦るくらいの方がちょうどええと思うで。」

御子は楽しそうだが、拓哉はちっとも楽しくない。


混乱する頭のまま、半ば強引に動物園行きの話も了承させられ、そのまま自宅近くへと送られてしまった。


家に帰った拓哉は先ほどまでの眠気はどこへやら、光のことで頭がいっぱいだった。

本人に直接聞く勇気は無かった。

そして悶々としたまま一日を終えるころ、一刻も早く自宅へ帰ることを決意したのだった。


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と言うのが昨日までの出来事。

未だに通話などで光に聞くのを躊躇っている拓哉は、指定席料金を棒に振ってまで自宅に帰ろうと急いでいた。


(光ちゃんがデート。光ちゃんがデート・・・。誰と?なんで?)

昨日から頭の中はこんなことでいっぱいだった。


ふとスマホを見ると、メッセージ(yarn)が来ている事に気づいた。


[今更慌てて帰ってる奴いる?いねえよなぁ!!?]


「・・・」

明らかに煽っている。

メッセージの主は『もちろん』御子だった。


[何か用でしょうか?]

少しイラッとしたので思いっきり他人行儀で返事をしてやった。


[いやいや今頃吉田は慌てて帰ってるんやろな思ってwww草はえるwww]

御子は更に煽ってきていた。


[通販で良い芝刈り機紹介しましょうか?]

拓哉は更にイラッとしたので、ビジネスメールのつもりで相手をすることにした。


[そう怒んなやw可愛いレディとyarn出来るだけでも嬉しいやろ、DTはw]

拓哉の いかりのボルテージが あがっていく!


[レディって言うのは淑女のことですよ。言葉遣いに気を付けた方が良いですね。]

それでも何とか冷静に返事をする。

(煽り耐性はネットで習得済みだ!!)

明らかに耐えれてはいない様に見えるが。


(あれ?そう言えばyarnだから心読まれないぞ?これは西条さん対策になるのでは!?)


確かにyarnでメッセージのやり取りであれば対面していないので心を読まれずに済む。

いつも心を読まれて良いようにされていた拓哉は、これはチャンスと思った。

だが・・・


[メッセージなら心読まれへんとか考えてるやろ?残念ながらあんたの心は文字でもダダ漏れやでwww]

相手の方が一枚上手だったようだ。


(エスパーに改名しろ!!)


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小一時間程御子に遊ばれた拓哉は疲れ果て、気が付くと眠りに落ちていた。

ひたすら御子にあおられ、yarnで応戦していた。

気が付けば光のデートの件を忘れて熱中するほどに。


御子は昨日、爆弾だけ投下して帰ってしまった

御子なりにその事について気を使ったのかもしれない。

(単純に暇で遊んでただけかもしれない。)


昨日も考え過ぎで眠れなかった。

睡眠不足はネガティブな思考を生む。

ネガティブに考え始めるといい結果は生まれない。


御子がそこまで考えていたかどうかはわからない。

だが今の拓哉にとって、御子とのyarnの応酬は結果として最も必要なことだったと思われる。


----

十五時前。

拓哉の部屋の最寄り駅。

約五時間の長旅を終え、数日振りに拓哉がこの地に降り立った。


乗り換えなどで少し前から慌ただしく動いていたものの、頭はまだ少し寝ぼけていた。

だがおかげで無意味に嫌な想像をせず、割と穏やかなままに帰ってこれた。


オートロックを開け、エレベータに乗り、久しぶりの自宅の玄関に鍵を通す。

(ここを開けて、もし光ちゃんが男といたりしたら・・・)

ここにきて無意味に心臓がバクバクしてきた。

意を決して扉を開ける。


--ガチャ


「あ、タク君おかえりー。」

ドアを開けると正面には笑顔の光が立っていた。


「え、あ、ただいま・・・。」

とりあえず男はいない様で安心した拓哉。


「あれ?夜帰ってくるんじゃなかったっけ?」

「あ、余裕があったからちょっと早く帰ってきた。」

「そうなんだ。言ってくれれば良かったのに―。」

「ごめんごめん。・・・ん?」


よく見ると光は台所に立っている。

そして何やら料理をしている様に見えた。


「光ちゃん、料理してる?」

「あー、バレちゃったー。驚かそうと思ったのに―。唯志君に教えてもらったんだー。」

「そ、そうなんだ。」

光が料理をしている。

普段なら喜ぶところだが、今はそれどころじゃなかった。


拓哉は意を決してデートのことを聞いてみることにした。

その為に早く帰ってきたのだから。


「光ちゃん・・・、あの・・・。」

「・・・?どうしたの?」

珍しく真剣な目の拓哉に、少し光は姿勢を正した。


「えっと・・・。俺がいない間に・・・で、デートしたって聞いたけど・・・。」

少し口は震え、声は上ずってしまった。

だが言えた。

拓哉は確かに言い切った。


「・・・え!?」

光は驚いて目と口を見開いていた。


「その・・・ほんとなの?」

弱弱しくも、ちゃんと話を聞けている。

昔の拓哉なら言い出せず悶々としたままだっただろう。


光はピーラーとジャガイモを置いて、拓哉の方に真っ直ぐと向きなおった。

そして・・・


「御子ちゃんでしょー!?もー、そういう言い方したら誤解されるのにー。」

「・・・え?」

拓哉は目をぱちくりとしていた。


「バイトだよ、バイト―。佐藤さんから依頼されて。確か最初はタク君に頼んだって言ってたよ?」

(そう言えば初日くらいにあったような・・・。内容も聞かずに断ってしまったけど。)

「タク君に断られたから、唯志君と私のカップル役で不倫調査のバイトすることになったの!」

「え、それだけ・・・?」

「そうだよー。御子ちゃん、わざと紛らわしい言い方で伝えたなー。もー。」

光は頬を膨らませてぶーぶー言っていた。


この二日、悩みに悩んだ。

だが真相は何のことは無い、取るに足らないことだった。

唯志とって部分は少し気になったものの、拓哉はホッと胸をなでおろした。


「もー、御子ちゃんはー。ご飯作っちゃうから、後で食べながらこっちであったこと話するねー。」

そう言うと光は料理の続きを始めた。

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