57 母からの贈り物?

 翌朝8時―


「おはよう、テア。」


ダイニングルームで1人で朝食を食べていると、カチャリとドアが開かれて母が部屋の中へと入ってきた。手には何故か柄の長い箒を持っている。


「おはようございます、お母さん。あの~・・どうしたの?箒なんか持って・・。」


すると母はガタンと椅子を引いて座ると言った。


「ええ・・・性懲りもなくまた害虫が現れたから・・ちょっとね・・。」


母はカランと箒を床に置くと、テーブルの上に載っているティーポットからカップに紅茶を注ぎ、コクンと飲んだ。


「ふ~・・・やはり一仕事の後の紅茶はおいしいわね・・・。」


子爵夫人でありながら、自ら害虫駆除・・・そして手にしていた柄の長い箒・・・。嫌な予感がしたので母に尋ねてみることにした。


「あの~・・お母さん・・。その害虫って・・・。」


「ええ、昨日も2か所で現れた害虫よっ!」


母は苦々し気に言う。


「全く・・・払っても払っても寄ってくるのだから・・忌々しいったらありはしないわ。まるでハエのようね・・。こうなったら屋敷の周りにトラップを張って侵入する気がなくなるようにしておこうかしら・・。」


しまいには何やら物騒な事を言い始めた。でも・・そうか・・・やはり害虫というのはヘンリーの事に違いない。いくら鈍い私でも、母がこれほどまでに嫌悪するのだから嫌でも分かる。けれど本当に意外だった。今まで気品溢れる淑やかな母だと思っていたのだが、ヘンリーをあそこ迄震え上がらせ、あまつさえ彼を害虫呼ばわりするとは・・私の母に対するイメージがすっかり崩れてしまった。でも・・・何故だろう?今の母の方が・・ずっと私は素敵だと思ってしまうのは。


「どうしたの?テア。食事の手が止まっているわよ?」


思わず母に見惚れて食事の手が止まっていた。


「え、ええ・・食べるわ。」


そしてポタージュを飲んでいると母が声を掛けてきた。


「そういえばテア・・・貴女ここ数日、片頭痛が起きていないのではなくて?」


「あ・・そういえば・・・。」


そうだった。以前はほぼ毎日鎮痛効果のあるハーブティーが欠かせなかったのに・・あれほど酷かった片頭痛が今では嘘のように治まっている。すると母が言った。


「きっと、テアの片頭痛の原因は・・・ヘンリーのせいだったんじゃないの?」


「そう・・・なのかも・・・。」


気づけばポツリと呟いていた。でも・・確かに今までの私はヘンリーの顔色ばかりを窺って暮らしてきた。いつもどこか不機嫌なヘンリー。どうすれば彼の機嫌が直るのか・・・何をすれば喜んでくれるのか・・・。そんな事ばかり常に考えて・・そうすると大抵頭痛が起きていた。それが今は完全にヘンリーの事を吹っ切れた自分がいる。もうあれこれヘンリーの事で頭を悩ます事が消えたのだ。

だから私は母に言った。


「お母さん・・・やっぱり、私の頭痛の種は・・ヘンリーが原因だったんだわ。気づかせてくれてありがとう。そして・・今まで心配かけさせてごめんなさい。」


「あら・・いいのよ。でも、最初にヘンリーとの関係を考えるきっかけを作ったのは・・?」


母が問いかけてきた。


「ええ、キャロルよ。キャロルのおかげだわ。」


「そうね・・・やっぱり・・・・で良かったわ。」


「え?今何て言ったの?」


途中、母の声が小さくてよく聞き取ることが出来なかった。すると母はニッコリ笑みを浮かべると言った。


「いえ。何でもないのよ。それより、テア。これを持って大学へお行きなさい。きっと貴女の役に立つから。」


母はどこから取り出したのか、何かが入った小さな巾着袋をそっと私のテーブルの前に置いた。


「え?何、これ?」


「開けて御覧なさい。」


「ええ・・。」


そっとひもをほどき、中身を取り出し・・・一瞬私は言葉を失ってしまった。


「あの・・お母さん・・・。」


「何?」


母は笑みを浮かべる。


「これって・・・卵よね?」


「ええ、そうよ。生卵なの。しかも古い生卵よ。食べたらおなかを壊すと思うわ。」


「古い生卵・・・。あの・・・どうしてこんなものを大学に持って行くの?」


「決まってるじゃない。何かヘンリーに嫌なことをされた時の為よ。多分大丈夫だとは思うけど、嫌な目にあわされたらこの生卵を構わずぶつけてやりなさい。きっと悲鳴を上げて逃げていくはずよ。」


大真面目に言う母。


「そ、そうね・・・。」


本当にこれを持って大学へ行かなくてはならないのだろうか・・・?


けれども母の気持ちを無下にすることは出来ず、結局卵を割れないように綿で包んでありがたく大学へ持って行くことにした。



****


エントランスの外―


母が見送りに外に出ていた。


「それじゃ、テア。行ってらっしゃい。」


私は馬車の窓から顔を出すと言った。


「はい、行ってきます。今日はキャロルを連れて帰ってくるわ。」


そして私はカバンと生卵の入った小さな手提げバックを持って大学へと向かった―。







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