31 キャロルとの電話
母はほんの少しの間、私を凝視していたけれどもすぐに電話口に向かって話し出した。
「キャロル、テアが来たわ。今電話変わるわね?」
そして受話器から耳を外し、通話口を押さえながら母が私を呼んだ。
「何してるの?テア。キャロルが待ってるわよ。早くいらっしゃい。」
「は、はい・・・。」
母への違和感をぬぐえないまま、ドアを開けて受話器を持って待っている母の傍へ行った。
「テア。」
「は、はい!」
先ほどのキャロルとの会話で耳に飛び込んできた話が気になって、思わず返事をする声が上ずってしまった。
「どうしたの・・?おかしな子ね?はい、電話よ。その手で持てるかしら?」
母は受話器を差し出しながら、三角巾でつられている私の右腕を見た。
「え、ええ。大丈夫。いつも受話器は左手で持って話していたから。」
平静を装って返事をした。
「そう言えばそうだったわね?それじゃ電話変わるから・・・じっくりキャロルとお話しなさい。」
「え、ええ・・・分かったわ・・・。」
受話器を受け取りながら返事をする。だけど・・・じっくり?じっくりって・・何?そこは普通、ゆっくりと言うべきなのでは?
母は笑みを浮かべると、部屋を去って行った。私は一度深呼吸すると電話に出た。
「もしもし・・・・。」
『あ?テアッ?!こんばんは。』
キャロルの明るい元気な声が通話口から聞こえてくる。その声が私をほっとさせた。
「こんばんは、キャロル。何か・・あったの?」
『ううん、別に何もないわ。ただ・・テアの声が聞きたくなっちゃったの。』
「そうなの?そう言って貰えると嬉しいわ・・。あ、そうだ。私、キャロルにどうしてもお礼を言いたかったのよ。」
『お礼・・?何かお礼を言われるようなこと・・・あったかしら?』
キャロルは覚えていないのだろうか・・・?
「ほら、キャロルがヘンリーに少しだけ席を外して貰うように誘導してくれて、そのすきにフリーダとレオナに私を探して馬車に乗せてあげて欲しいと頼んでくれたのでしょう?」
『あ・・ああ、その件ね?それ位どうって事無いわよ。ヘンリーの前で聞かれたらまずい話かと思って・・。彼って何故かテアの話になると敏感になるから・・。』
彼・・。キャロルの口からヘンリーの事を『彼』と呼ぶのを聞くと、まだ胸がズキリと痛む。私が一瞬黙ってしまったのを心配したのか、キャロルの声が聞こえてきた。
『ねえ、テア・・・まだ手首が痛むの?大丈夫?』
「ええ、医務室の先生のちょっと大袈裟すぎる処置が良かったのね?普通にしている分には痛みは無いから。」
『何言ってるのテア?大袈裟すぎるなんて事は全く無いわ。それでテア・・おばさまにはどうして手首の怪我をしたのか理由は話さなかったの?』
「ええ・・話せなかったわ。だって・・・お母さんに話せば・・すぐにヘンリーの耳に入ってしまうでしょう?私・・ヘンリーに嫌われたくないの・・。」
するとキャロルがポツリと言った。
『テア・・貴女、まだ・・・。』
「え?まだって?」
『いいえ、何でもないわ。まだヘンリーに怪我の事は言うつもりは無いのかしらって思っただけよ。』
「ええ・・・私からは言わないわ。それに医務室の先生にも、私に付き添ってくれたニコルにも口留めしたから・・・。」
すると、突然キャロルの口調が変わった。
『あ、彼ね?テアを何かと気にかけてくれた・・そう。彼はニコルというの?テアから見て・・どう思った?』
「どうって・・?」
キャロルは何が言いたいのだろう?
『例えば・・感じがいい人だな~とか・・優しい人だな~とか・・。』
「そうね、とても親切で優しい人だと思ったわ。」
私は思ったことを素直に伝えた。
『そう・・・それは・・本当に良かったわ・・。』
キャロルの口調はどこか安堵しているように聞こえた。その時、ふと思った。今なら・・母との会話で耳に入った内容を聞いても大丈夫だろうか・・・?
「ねえ、キャロル。」
『何?』
「さっき・・お母さんと何話していたの?」
『何って・・・世間話よ?学校であった出来事をお話ししてたの。』
「そうなの・・?実は・・さっき偶然聞こえてしまったんだけど・・・。」
私はごくりと息を飲んだ。
『なあに?』
「これからも・・あの事・・宜しく頼むわね?って・・・どういう意味なの・・?」
ついに私はキャロルに尋ねてしまった―。
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