22 怒りの理由
「美味しかった・・。」
スープを飲み終えた私はホウとため息をついた。その時・・・。
「おい、テアッ!」
突然名前を呼ばれて振り向くと、そこには何故か怒りの目で私を見下ろしているヘンリーの姿がそこにあった。そしていきなり治療してもらった右手首を再び強く握り締められた。
「い、痛っ!」
二度目ともなると、いくら湿布薬に包帯を巻いて貰っていても、今回ばかりはさすがに痛くて声が漏れてしまった。するとヘンリーが怪訝そうに言った。
「何だよ・・嫌味な奴だな?ちょっと強めに握り締めただけで・・。大げさに痛がって、お前そんなに周りの目から俺を悪者に見せたいのか?」
ヘンリーは私が声を上げたことで周囲から視線が集まり、恥をかかされたと思ったのか怒りを含めた声で耳元で言う。
「ご、ごめんなさい。私そんなつもりは無かったのよ・・。」
素直に謝ると、彼はフンと鼻を鳴らして私の手首をパッと離した。
「あの・・キャロルは何処へ行ったの?」
2人がいた席にキャロルの姿が見えなかったので、私は痛む右手を我慢しながらヘンリーに尋ねた。
「キャロルなら先に教室へ連れて帰った。そしたらお前を呼んできてくれって頼まれたからこうして呼びに来たんだよ。もうすぐ午後のオリエンテーションも始まるしな。」
ヘンリーはキャロルの頼みなら何でも聞いてあげている。私の気持ちなどお構いなしに・・・。本当は同じ席に着きたくもないのに・・。それはヘンリーだって思っているのだろうけど、好きな女性の頼みだから断れなかったのだろう。
「ありがとう、呼びに来てくれて。これを片付けて行くから先にヘンリーは教室に戻っていて。」
私はトレーの上にスープを飲み終えたマグカップをトレーの上に乗せて、運ぼうとした時に右手首に鋭い痛みが走った。
「!」
声が出そうになるのは堪えたけれども、私はトレーを持つことが出来ずに床に落としてしまった。
ガシャーンッ!!
派手な音を立てて床に落ちるアルミ製のトレーとマグカップ。何とか割れずに済んだものの、周囲にいた学生たちの視線が一斉に集まる。
「ば、馬鹿っ!何してるんだよっ!早く拾えっ!」
ヘンリーに小声で叱咤されてしまった。
「ご、ごめんなさいっ!」
慌ててしゃがみ込み、右手でトレー、左手でマグカップを拾った。
「何でそんな妙な持ち方をするんだ?トレーの上にマグカップを乗せればいいだろう?」
ヘンリーは首をかしげて私の様子を見る。
「あ、あの・・何となく。それじゃ片付けてくるわ。」
ヘンリーを待たせてはいけない。早く食器を置きにいかなくては。急ぎ足で私は返却口へと向かった―。
****
教室へ向かうために私とヘンリーは前後に並んで廊下を歩いていた。手首の痛みは激しさを増し、断続的にずきずきと痛む。この分ではペンを持つことも出来ないかもしれない。でも、ヘンリーにはこの事を知られるわけにはいかない。私は痛みをこらえて廊下を歩いていると不意にヘンリーが前を向いたまま声を掛けてきた。
「テア。」
「何?」
「お前・・・・さっき男と相席していただろう。」
「ええ。あの人がここが空いているよと教えてくれたから。」
すると突然ヘンリーは足を止めると振り向いた。
「お前・・・あの男に何をしゃべった?」
「え?何をって・・?」
「あの男・・・お前に何か料理を持って行っただろう?」
「え・・・?どうしてそれを・・?」
「お前があの男ち同席している姿をたまたま見かけたんだよ。そしたら不意にあいつが立ち上がってこっちに向かって歩いてくると言ったんだよ。『女性に席を譲らないなんて最低だな。』って。」
「!」
私はヘンリーの言葉に驚いてしまった。
「お前、あいつに俺の悪口を言ったんだろう?」
「言ってないわ。」
確かにヘンリーとキャロルの話はしたけれども・・・それは彼が料理を持ってきてくれた後の話しだ。だから 彼がヘンリー文句を言ったときは・・私はまだ何も話していない。大丈夫、嘘は・・ついていない。
「本当か?嘘だったら承知しないからな?」
「ええ。嘘はついていないから。」
内心冷や汗をかきながら頷いた。
「そうか・・なら・・・いい。」
それだけ呟くと、再びヘンリーは前を向いて教室へ向かって歩きながら悔しそうに独り言を言っていた。
「それにしても・・あいつ・・キャロルの前で俺に恥をかかせて・・一体何者なんだ・・?」
そう言えば・・私も彼の名前を聞いていなかった。また会えればその時は、私が話したことの内容の口留めのお願いとお礼を伝えないと—。
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