第3話 殿下に説得を試みました。

「お兄様――」


 お兄様に掴まれている腕を振りほどきながら、私は顔を上げる。


「やっぱり、ここで下がってはイグニス王家の権威は地に失墜しますわ。殿下に、この身を以てしてもご理解頂かないと」

「駄目だ」

「どうしてですの?」

「今回の問題は、殿下一人の暴走ということで収まる可能性が高い。だからこそ、余計な恨みを買うような真似はさせられない。お前に何かあれば、この俺や父上や母上が悲しむ事を理解しろ」

「……ですが!」

「クラウス陛下へは、すでに伝令は向かっているはずだ。これだけの不祥事だからな。陛下の裁可を受けていない状態での婚約破棄など絶対に許されるものではない」

「それではラインハルト様は……」


 私の問いかけに、お兄様は頭を左右に振る。

 それだけで、私は結果が分かってしまう。

 良くて廃嫡と言ったところ。

 悪いことは想像したくない。

 少なくとも、10年以上も私の伴侶として決まっていたお方なのですから。


「とりあえず、殿下の事については俺に任せておけ。お前は、公爵領でゆっくりしておくといい」

「……」


 未来の王妃とは言っても、私には何の権力も発言権も今はない。

 身分は公爵家であっても、婚約に関する問題について下手に口を挟めば後々、問題になる可能性は非常に高い。

 それなら、いまは黙っておくほうが得策だけど……。

 でも……、それだとラインハルト様の処遇は――。


「お兄様、ごめんなさい」


 やっぱり私は、自分の義務もそうだけど、自分の想いを伝えずにはいられない。

 一度、ラインハルト様を支えると誓ったのだから、ここで投げたらいけないと思うから。


「お、おい! 待て! クララ!」


 お兄様が、ホールへ戻る私の手を掴もうと、手を伸ばしてくるけど、それよりも早く私はホールの中へと入る。

 すると一斉に貴族の子弟の方々から視線を向けられてきた。


 その中を堂々と歩きラインハルト様の元へと向かう。


「まだ何かあるのか?」

「はい」


 目の前まで来たところでラインハルト様が私に苛立ちを含んだ声色で話しかけてきます。

 ホール内は張り詰めた緊張感が支配していて、些細な物音でも響くくらい静寂に包まれています。


「殿下、平民を召し抱えることは貴族位の崩壊に繋がります。それを国王陛下は良しとは致しません。平民の方から、どのような恩を感じたのかは分かりませんが、それが王家の人間が平民と添い遂げる理由にはなりません。結婚には後継人や貴族の位など様々な事情を加味した上で、国王陛下がお決めになられることです」

「その事くらいは理解している!」

「――いえ」


 私は、ハッキリと否定する。


「分かっておられましたら、平民と結婚するなど戯言をおっしゃるはずがありません」


 私は、ラインハルト様へ申し上げる。

 駄目な事は駄目だと。

 それを言うのが私の将来、国を担う王妃の使命だと思っているから。

 そう考えたところで何かを叩く軽い音と共に視界が揺れる。

 それと同時に、痛みと共に視界が横倒しになった。


「――え?」


 少しずつ痺れと共に熱いモノが頬から広がっていく。


「まったく、どれだけユリエールを馬鹿にすれば気がすむのだ。このバカ女は!」


 声のした先。

 視線の先には、ラインハルト様が立っていて、拳を握りしめておられた。


「本当に忌々しい馬鹿な女だ。これだから女というのは自分の立場を理解せずに軽挙妄動を繰り返すのだ。ユリエール、もういい。さっさと帰るぞ」

「はい。殿下」


 意識が混濁し始めた中で、ラインハルト様は平民の女性を連れてホールから出ていく。

 私は、その後ろ姿に手を伸ばしたけど、意識は暗闇の中へと落ちていく。


「クララ!」


 お兄様の声が、掻き消える意識の中、僅かに聞こえた気がした。





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