第113話『魔王島、赤く染まる白浜(7)』 

今の今まで砂浜を暴れていたのが嘘のようにドラゴンゾンビは静かになっている。


犬でいう伏せのような体制になったまま、ペタンと砂浜にアゴをつけた状態でジッとしている。


ジッとしているというか、そのままの姿勢で眼球だけを動かしオレを見ているようだった。


そうしている間にも、腐れていた皮膚が再生していき、それに重なるように立派な鱗が生えてくる。


残念ながら下肢は再生しないようだが、内臓を垂れ流していた切断面にも肉が盛り上がり完全にふさがった。


今やそこには静かに眠る竜(ハーフサイズ)の置物があるかのように、微動だにしない巨躯が横たわっている。


「な、なに? どうしたのよ!? 腐竜であれば、体が欠けていても動けるでしょ!? それになんでそんな早く再生できるの? どれだけの魔力を吸ったのよ!?」


文字通り中途半端な召喚をされたドラゴンに無茶を言う聖女だが、確かにさっきまでは暴れまくっていた。


それが今や、庭で寝息を立てている飼い犬のごとくだ。


「さて。これで残りは聖女様だけとなりましたわね」

「ふむ。そこそこ術を使えるようじゃが、盾がおらねばその詠唱中に簡単に仕留められるしのぅ」


ワンピース姿のシンルゥが剣を抜く。


老司教も白木柄の剣を抜き、白刃を肩に担ぐ。


見た目だけでも恐ろしい二人は、白浜に足跡と足音を交互にさせながら、聖女へと近寄っていく。


「く、来るな、来るな!」


怖いだろうなあ。


確実な絶望しかない。


しかしここで皇子が。


「殺すなよ、生きて捕らえろ!」


と二人に命令する。


シンルゥと老司教、どちらもオレの味方であるのだが建前上は皇子の配下とか部下だ。


今、オレとのつながりがわかるとまたややこしくなるので、二人は皇子の命令にうなずく。


殺すなという命令にうなずいた二人を見て、聖女の顔安堵の色が浮かんだのだが。


その安心感は、まばたきほどの一瞬で終わった。


「殺すな。生かしてとらえよとおおせですが……腕の一本程度なら死にませんわよね?」


シンルゥが老司教に問いかける。


「ならばワシは足の一本でもいただくか」


老司教も、しかり、みたいな顔で即答する。


「では左でそろえますか? 右の腐食手は使えそうですから残しておこうかと思いまして」

「ふむ、気が合うな。ワシもあの腕は惜しいと思っておった。せっかくだ。ならばワシも左足にしておこう」


勇者とか聖者とか呼ばれる人のセリフではない。


絶望は絶望のまま、むしろより一層の恐怖を増して聖女に迫っていく。


「来るな来るな……くそっ!」


聖女が胸にかけていた聖印を力いっぱいひきちぎる。


そしてなにやら唱え始めた。


警戒したシンルゥが走り出そうとして、思いとどまったように足を止める。


殺すなと言われていなければ一気に間合いを詰めて終わっていたんだろうな。


駆けだした足を止める代わりに口を開く。


「司教様、アレも魔道具ですか?」

「ふうむ? たいした力は感じぬが、肌身離さぬ聖印に小細工する術というのは、大方、逃げを打つための最終手段でな。だいたいが目くらましの類じゃが、さてさて」


聖印を握りこむ手の中から蒼い粉が舞いはじめた。


まるで霧のように広がるそれが聖女の体を次第に隠していく。


「お前たち、絶対に殺しやる! 今は神の秘儀、その奇跡を見るがいい! 転移!」


……転移?


転移っていうと、ワープ的な魔法か?


その言葉を残して、聖女の姿は掻き消えたのだった。


「おお、消えた!」

「すごーい!」


妖精とともにオレは驚きの声をあげる。


本当に消えてしまった、いや、ワープしたのか。


しかし、あんな魔法があると今後の防犯体勢を見直すしかないが……どう対処するんだよ、あんなもの。


「神の秘儀……転移ですか?」


一方で、シンルゥはジッと目をこらすようにして聖女がさっきまで立っていた場所を見つめる。


その横に並び、視線を同じ場所に向けている老司教がその疑念に答えた。


「秘儀ともなれば転移などという神の奇跡もありえるかもしれんの」


おい? えらく落ち着いているけどさ?


「ヘイ! 何で落ち着いてんの!? 聖女を取り逃がしたって事は、色々とヤバい事がバレるって事だろ!?」

「そ、そうよ! ツッチーの事とか、この島の事とか! 大変よ、ツッチー!」


オレと妖精がわしゃわしゃと騒ぎ始める。


しかしシンルゥと老司教は黙ったまま、さきほど聖女が立っていた場所から少し離れた所へ、二人して顔を向けている。


オレもつられて見るが何もない。


「な、なぁ? おい、二人とも、そんな落ち着いてる場合じゃないぞ!?」


急かしても、問い詰めても、二人の様子は変わらず、どこかのんびりした態度で会話を続けている。


「司教様、どういたしますか? 運のない聖女様は、よりによってあちらに向かって教会の秘儀の転移を使われているようですが、その秘儀というのはどこまで……暴いてよろしいので?」


なんかシンルゥの言葉の節々が不穏な単語で飾られているが、それはまあいつもの事か。


なにせ、話し相手がそれ以上に物騒な相手だしな。


「生憎、ワシも教会の全てを知るほどではないが、神の秘儀、つまりは教会で隠匿している術や道具の中にも、転移などという、まさに神の御業を再現するようなものは聞いたことがない」


ふむ、ふむ、と、物騒な老司教が少し考え込む。


「聞いた事はないが……ある、としておけば、後々、我々にも都合が良いかもしれんな。無論、あの聖女をこちらに引き込んだうえでの話だが」


そう言って、老司教はサキちゃんに目をやった。


いつもの、何か悪い事を企んでいる事すら隠さない、あの笑顔で。

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