第72話『魔王塔、二階。永久に嘆く眼窩の蒼炎』

二階へと踏み込んだ一行は、眼前に広がるそれを見て足を止めた。


「なんだこれは? ……バランと聖女はそこで止まれ。勇者は来い」

「ふふ、おおせのままに」


周囲には白い煙が満ちていた。


それほどの高さではなく、せいぜいがヒザ下ほどの高さだ。


足元が見えなくなるというのは不安をあおる。


しかし、ためらいは一瞬。


先頭に立った聖騎士が、シンルゥとともに歩を進めた。


「……兄貴、大丈夫か? 勇者もどうだ? 体に異常は?」

「私は特に異常を感じません」

「うむ。オレもだ。毒や麻痺、というわけではなさそうだな。いいぞ。進もう」

「ひ……ひあ……」


特に森で足をとられまくった聖女のおびえようは気の毒なくらいである。


一方で足にまとわりつくような白いもやを、ふり払うように歩く皇子。


「動きを妨げるでもなし。どんな意味がある?」

「わからん。だが油断はするなよ、バラン」


聖騎士も正体と意図のわからない霧にとまどっている。


この白いもやというか霧のようなものはスケさんの能力で、本人は『惑いの霧』と言っていた。


本来の用途は二メートルくらいの高さまで発生させ、完全に視界を奪うものだという。


そうするとパーティーでの視覚による連携もとれなくなる上、罠やら不意打ちやら、なんでもやり放題。


さらに足元が沼だったり落とし穴があったりしたら、もうそれだけでパーティー壊滅もありうえるというぐらいの圧倒的能力だ。


たかが霧、されど霧。


状況次第では凶悪な能力だが、今回は雰囲気を演出するための舞台装置である。


スケさんはこの能力をそういった用途に用いるのは初めてです、と面白がってくれた。


そもそも、本来の使い方だとオレたちも皇子たちを見失う。


「わ、わずかに魔力を感じます。この霧は自然発生したものではなく、何者かが生み出しています」


聖女が杖をにぎりしめて皇子たちに告げる。


その通り、よくわかったね。


ボス部屋からスケさんが張り切って口から吐き出してるよ。


せいぜい雰囲気を楽しんでくれ。


一階とは違い二階は迷路ではなく、階段をあがると広い廊下がまっすぐ伸びている。


それを進んでいくと、これまで美しい彫刻を施されていた廊下の壁が、次第に無数の頭蓋骨が埋め込まれた恐ろしいものへと変わっていく。


「ひ……」


この手に関しては本職であろう聖女が、短い悲鳴をあげて皇子によりそう。


頭蓋骨は血で赤黒くなっているものや、頭髪が残っているものもあり実に恐ろしい。


ちなみにどれもオレが造形した、ドクロ風の装飾だ。


そこへ染料での塗装や動物の毛などをペタペタ張り付けて、完成度を高めたのは島に住むダークエルフ達である。


最初は気色悪がりつつも仕事と割り切ってやっていたようだが、どんな集団にも凝り性なヤツがいるものだ。


いつしか特定の者だけが担当する美術チームが出来上がっていた。


彼らは日に日に腕をあげていき、最終的に出来上がったのがコレだ。


原型を作ったオレでも本物と疑うようなリアリティある造りになってしまった。


少なくとも夜中に一人で歩けるレベルではない。


ちなみに完成後、初めてコレを見た時に妖精は泣いた。


「どれほどの罪なき人々の骸をもてあそんでいるのだ……ッ」


そんな渾身の出来の壁を見て、皇子が憤っている。


ごめんな、けど、よく出来てるだろ?


「階下にはスケルトン。そしてこの骨で飾られた廊下。この先にいるのもやはり……」


聖騎士が濃くなってきた白い霧を振り払うように先へと進む。


やがて大きな広間の入り口に出る。


そこでシンルゥが手で後続を制する。


全員にかがむように手で合図をされると、なんとなくオレたちもかがんでしまう。


「どうした、勇者?」

「皇子様。あちらを」

「……む、アレが……」


シンルゥが指さした先、大広間の中央にはひな壇が作られており、そこには骨でできた背もたれの高い椅子、いわば玉座があった。


もちろんそれだけではない。


その座の主たる、黒く美しいローブをまとったリッチが深く腰かけている。


それを見た妖精がすぐに気づく。


「あっ、スケさん、よそ行きのローブ着てるわ。お気に入りのヤツよね、あれ」

「ディードリッヒが何点か用意してくれた中でも一番お高いヤツだな。汚れるから普段着でいいって言ったんだけどね」


さっきまで着ていた灰色のローブは、主に作業着として使っていたはずのものだった。


てっきりそのままで行くと思っていたが、スケさんもそれなりにノリ気らしい。


わざわざ着替えてきてくれたのだろう。


ビロードのような波打つ光沢が美しい黒いローブ。


そのフードからのぞく陶磁器のような白い髑髏がよく映えている。


ややうつむきがちだったスケさんが、ゆっくりと顔をあげる。


フードに隠れていた顔があらわになり、その眼窩をあやしく彩る蒼い炎が強く燃え上がった。


実に絵になる。


率直に言って、めっちゃカッコいい。


「ニンゲン……」


その蒼炎の視線を皇子たちに向けて。


「ニンゲン、メェェェエエエ!」


絶叫とともにイスから浮き上がると、両手のそれぞれに蒼い火の玉を生み出す。


そして皇子たちに向かってそれを投げつけた。


おお、スケさん、あんな事できたの?


というか、あんな大声も出せたんだ?


「く、見つかっていたか! 兄貴は聖女を頼む!」

「まかせろ! フン、あの程度の火球なんぞ!」


皇子が右へ、シンルゥは左へ、と二手に分かれる。


そして聖騎士が聖女をかばうようにして前に出ると、その両手剣を鞘ごと振るい炎の玉を弾き飛ばした。


ちょっと株を落としていたネチネチ聖騎士だが、やるじゃないか。


「アアアアア! チ、ニク、タマシイ! スベテ、スベテスベテ、モエツキヨォォォオ!!」


次々と火球を生み出しては放っていくスケさん。


ふーん、リッチってあんな感じなんだな。


確かに雰囲気は出ている。


普段の口調と違って、めっちゃカタコトなのが気になるが、そういうものなんだろう。


引き続き、スケさんの熱演に期待だ。

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