第39話『ツッチー、大地に立ってから十二年後。教会からの視客』
シンルゥがお土産として持ってきてくれた果実酒を三人でチマチマ飲みつつ、庭先のテーブルセットで話を聞く。
すると開口から聞きなれない言葉がシンルゥの口から出てきた。
「教会?」
「はい。ツッチー様にお会いしてから早三年。冒険者組合に関しては私から、国への報告は領主様から、それぞれ孤島とツッチー様に関する事、極秘にてうまくやってまいりました」
「これ、おいっしー! ルゥ、ありがとう!」
「ふふ、姫様のお口にあってなによりですわ」
喜ぶ妖精に、シンルゥが微笑みで返した後、オレに向き直り先を続ける。
「それでも私と領主様の手に漏れる手合いもおります。真実を知りたがる好奇心にあふれた者たち。それはディードリッヒさんが対処いたしております」
「どういうふうに対処……ってのは聞かない方がいい?」
あの悪徳商人の事なので、きっとヒドイ事をしていそうだ。
年々、オレと妖精に対する態度が過剰になっているし、いつかどこかで何かやらかしそうで正直怖い。
「いえいえ。ディードリッヒさんはツッチー様方以外には無愛想な鉄面皮ですが、あれで甘いお人ですからね。なんだかんだで貧しい者、虐げられる者、報われない者。種族にかかわらず手を差し伸べてらっしゃいますよ」
もちろん敵には容赦しませんけど、と笑って付け加えるシンルゥ。
「ですから、基本的には買収です。それがダメなら領主様からちょっとした脅し。これで万事おさまっています。実に平和的ですよ?」
買収と脅迫。
そんな平和的解決に屈しない者がいたらどうなるのか?
きっと買収と脅迫を甘い手段と笑って話すこの美人勇者がなんとかしているのだろう。
聞いてみたいという好奇心よりも、知らぬが仏、聞かぬが華である。
「それで……ええと、教会だっけ?」
「はい。帝国というのはざっとみて三つの勢力があります。まず貴族社会。領主様を初めてとして、ダークエルフさんのような商人や職人などの平民もこの範疇でしょう。いわゆる帝国臣民ですね」
「ふむふむ」
大多数がここに属しそうだ。
「次に私が属する冒険者組合の組合員とそれに属する者たち。帝国臣民ではありますが、権力に対して絶対にかしずくという存在ではありません。逆に私たちはあらゆる脅威から帝国を守っているという自負がありますから。様々な雑役を依頼という形で受け、災害時にはその支援や救助にもあたります。そして……」
シンルゥがちらりとこちらを見る。
「討伐依頼?」
「魔王様のおっしゃる通りです。討伐は冒険者の華ですね」
「魔王と呼ぶ相手を前によくもまぁ」
オレは笑顔でそう言い放つシンルゥに苦笑する。
「貴族社会、冒険者組合。そして最後に多くの信徒を擁する教会です。国教でもありますから、多くの帝国臣民は信徒であり、冒険者の多くも信徒です。それを束ね、導き、神に奉ずる者たちが教会という組織です」
シンルゥが笑う。
いつものように笑いながら、どこかを遠くを見るような目を細めている。
「何の力もないようでいて、教会の総意や教皇の何気ない言葉一つで国が揺れます。不思議ですよね?」
「不思議じゃないだろ。貴族社会のような権力もなければ、冒険者組合のような力も持たない。けど神様を味方につけてるんだ。そりゃあ最強だろう?」
神様などという言葉を使ったオレに驚いたのか、目を細めていたシンルゥがその目をまんまるにする。
「神、なんて本当にいるとおっしゃる?」
「いるわけな……あ、いやどうだろ?」
戦女神なんてのがいる世界だからな。
そのボス的存在としているのかも知れんけど、ここでの話でいう『神』っていうのは別の話だ。
「ま、都合のいい象徴って意味だよ。神様が言ったからこうしろああしろって言うだけで従う人もいるからな」
オレはこれが悪いとか妄信だとかバカにするつもりは一切ない。
法やそれを守護する機関が弱いのであれば、神と信仰というルールで集団生活を維持するというのはとても有効だと思うからだ。
ただ富と名誉、地位や物欲まで手を出す余裕が生まれた時、神様の言葉を代弁していた一部の者たちがどう動くかは別の話だ。
彼らは神様の代弁者を演じていただけで、神様じゃないんだからな。
「人間社会にお詳しいですね。その通りです。そして教会から調査の為に一人の司祭がこの港街にやってくるそうです」
「……シンルゥみたいに命じられて?」
「ええ、私のように命じられて。可哀そうですわね」
クスクス笑うシンルゥ。
ちょっと意地悪な言い方をしたのに、それがなぜ受けているのかがわからない。
「シンルゥみたいに買収できない?」
「教会の司祭ともなると清廉潔白で清貧を心掛けているため買収は無理……というのは冗談で、司祭などそこそこ高い位に就いている者は金に困っていないでしょうからね。一時の賄賂をどれほど積んでも金では転がりません」
さらに意地悪な言い方で聞いてみるものの、普通に流されて真面目に答えられてしまった。
今回は強敵っぽい。
「ただ司祭とて人間。むしろ教会の人間ほど生臭いですから。個人としてみれば付け込む隙はあるはずです。今もディードリッヒさんや領主様が情報収集をしてらっしゃいます。私はそのご報告にあがった次第でして」
「はー、おいしかったー! でも、ルゥはその司祭の調査とかしないの?」
妖精が口のまわりを菓子と果実酒で汚しながらシンルゥにたずねる。
確かにそれはオレも思う。
むしろ三人の中で一番顔が広そうでもあるが。
「私、基本的に一人で仕事をしますので。親しい仲間とか友人とかそういったお付き合いのある方々はおりませんから。仕事上で付き合いのある商人や職人なども、その領域であればダークエルフさんの方が適任でしょう?」
「それは確かにそうかもしれんけど」
ソロで活動してるのか。
オレという秘密を守るため、というよりも、もともとそういうタイプっぽい。
それでもなお勇者とか呼ばれるほどなんだから、色々と優秀なんだろうな。
「え!? ルゥ、友達いないの? じゃあ……こ、こ、恋人とかは!?」
オレのそんな考えとは裏腹に、妖精がシンルゥに問いかけた。
これにはシンルゥも想定外だったのか、いつもの余裕ある笑顔が苦笑に変えていた。
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