第33話『ツッチー、大地に立ってから九年後。勇者の来訪(5)』
「この家を?」
「使うの?」
オレは妖精と顔を見合わせた。
「大変失礼極まりないお願いである事、重々承知しておりますが」
「ディードリッヒ殿と検討した結果、立地的にもっとも都合が良く……」
勇者を迎えるにあたり、色々と調整や調査をしていた二人。
ついに明日は勇者が来島となるのだが、そのお話をする場所にオレの家を選んだのだ。
他にいい場所もあると思うんだが、と思いつつ話を聞いてみる。
この家の周囲の果実はマナが特にみずみずしい。
サンプルとして最良のものを取引相手に見せるのは当然だ。
次に、この家はダークエルフの集落と離れている。
集落には果実酒を作るための施設などもあるし、それらが露見すればマズい事になる。
そういった可能性が低い場所がこの家だと言われ、オレは納得して快諾した。
オレが関わったのはそれだけで、他の細かい事は二人が全て段取りを組んでいた。
そして当日。
「おはようございます、魔王様!」
「全ては我らにお任せください!」
早くからやってきた二人が色々と準備を始めた。
「おはようさん、じゃあ、まかせたよ?」
一抹以上、多少未満の不安を抱えつつも、オレは二人にそれだけを言い残して家を出た。
オレがいると色々やりにくいだろうし。
妖精はまだ眠っていたので、そのままにしておいた。
昨夜の内に、明日は夕方までには家を出て、二人の邪魔にならないようにと言い含めてある。
その時、明日の時間潰しにダークエルフの集落でも見に行こうと相談してある。
「さて、久しぶりだな。彼らに会うのも」
というわけで、オレは朝からダークエルフの集落の方にお邪魔する事にした。
「変わりはないようだけど、ちょっと人が少ないかな?」
あいも変わらず、開幕ダッシュで平伏してくる彼らに対して、もっと砕けた関係になろうと努力する。
少し話をすると、若者たちは今日はそろって仕事があるという事で残っていたのはお年寄りと子供だけだった。
その萎縮した態度から、普段ディードリッヒに何を吹き込まれていたのかは察しがつく。
だがそんなダークエルフの面々には、ディードリッヒと違ってかろうじて言葉が通じた。
平伏しなくていい、仲良くやっていこう、フランクに行こうゼ、という意思が通じたのだ。
特に子供はディードリッヒを怖がっていただけで、叱る大人がいなくなるとオレに対しても友好的になってくれた。
もともと子供好きなオレは、チビちゃん達と遊び遊ばれ、穏やかな時間を過ごす。
最初はオロオロとその様子を見ていた年寄りたちも、オレの対応を見て安心したのか話しかけてくれるようになった。
年寄りは初め、感謝や忠誠がどうこうという話ばかりだったが、時間が経つにつれ島での暮らしぶりなど、色々な話をする事ができた。
しかし、そんな歓談が盛り上がってきた頃に気づく。
お昼を食べたらこちらにやってくるだろうと思って妖精の姿がいまだに見えない。
オレは夕飯の準備を始めた皆から同席を強く勧められたが丁重に辞退し、妖精を探しに出ることにした。
妖精が好きな実がなる木をいくつか見て回るが見つからず、まさか家の方にいないだろうなと確認に向かった。
***
すでに夕陽に赤く染まりかけた我が家が見えてくる。
そろりそろりと近づき、木の陰に身を隠しながら遠目から見る。
庭先で翼竜が二頭伏せっていた。
その向こう側、土のテーブルには三人の人影があった。
ああ、交渉はもう始まっているのかと、もう少し近くの木々の影へ移動して覗き続ける。
話し声が聞こえるほど近くはないが、だいたいの身なりや容貌は確認できる距離だ。
一人、見慣れない姿の女性がいた。
柔らかい赤色、いや、橙色と言えるぐらいに明るい髪をポニーテールにしている。
年はどうだろう、まだ二十歳そこそこくらいだろうか?
いやいや、まず勇者って女性だったのかと驚いていると。
「あ。やっぱりここにいたか」
探していたウチの子が、家の窓からフラフラと出てきた。
あの寝ぼけ眼のホバリング。
まさかずっと寝てたのか?
ともかく話し合いの邪魔にならなければいいが、とハラハラしながら見守っていると。
「えっ?」
勇者――シンルゥが妖精に向かって何かを投げつけた!
それが当たると粉が舞い散り、妖精が羽ばたきを止めて宙でバランスを崩す。
落ちる!
そう思った瞬間、妖精が落ちるであろう場所の土をやわらかくした。
シンルゥが剣を抜く。
ディードリッヒも普段からは考えられない動きでシンルゥと対峙した。
領主は体が動かないのか、テーブルにしがみついてなんとか立ち上がろうとしている。
オレは何が起こっているのか理解も把握できず、何をどうするべきかを考えていたのだが。
「ツッチー! うあああん、ツッチー! 助けて、助けてぇ!」
思考が飛んだ。
同時に体を飛ばす。
足元の地面をカタパルトのようにして跳ね上げ、三人がさっきまで座っていたテーブルの前へと着地する。
着地した瞬間、地面を操作して自分の体をコントロールする。
遅れて風が吹きすさび、土埃が舞い上がり視界を閉ざす。
が、それにかまわずオレは妖精が横たわっている場所の土を静かに盛り上げて、ゆっくり、優しく、抱え上げる。
「大丈夫かい?」
「うわぁぁぁん、ツッチー!」
体がうまく動かないらしく、懸命にオレの腕をすがって首元に抱き着いてきた。
外傷などはない。
言葉や意識もはっきりしている。
少しだけ安心して。
自分の現状に気付いた。
「は!?」
オレはディードリッヒと領主、そしてシンルゥ、三人の視線に突き刺される羽目になった。
オレの存在を隠して交渉していたというのに台無しにしてしまった。
ディードリッヒと領主になんと謝ればいいやら、いや、今からでも勇者を誤魔化せるか?
などと思考がぐるぐると渦巻いている中、シンルゥが抜いていた剣を鞘におさめ、その鞘ごと遠くに投げ捨てたのだった。
「え?」
オレが呆気にとられていると、シンルゥが大声でハッキリと。
「降伏! いたします!」
さらに口を大きく開けて、目は逆に閉じたのだ。
剣を捨てて武装解除というのはわかったが、最後の口を開たり目を閉じるというのはなに?
と、この時は思ったが、後々、ディードリッヒに聞くと、呪文などを唱える意思や、呪文対象を視界に収める意思はない、という魔術師などに武装解除を求める際に強制するものらしい。
つまり出会って一秒で勇者シンルゥは完全降伏してきたのだ。
そして降伏したシンルゥに対して、オレが買収を試みる。
その結果「全て魔王様のお望み通りにいたしますわ」とシンルゥは承服したわけなのだが。
正直、シンルゥが突然白旗を挙げた理由が、さっぱりわからない。
それとも、ついにオレにも魔王としての貫禄が出てきたのだろうか?
なんにせよ、穏便に話がついて安心したよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます