第18話『ディードリッヒ、独白:岐路の先の未来』
死んでもおかしくなった。
いや、生きている方がおかしいのだ。
「これも魔王様……ツッチー様の力なのか?」
与えられた家とベッドの上で、ディードリッヒは思う。
いささか火傷や擦過傷はあるが、致命傷たるものはない。
あの高さから落ちたというのに、だ。
乗っていた翼竜に関しては、荷物や装具は全て失われ、軽くないケガを負っていたものの命に別状はない。
それどころか好きに採ってよいと言われた果実を翼竜に食べさせた所、溢れるほどに含まれた魔力により竜種の持つ自然治癒の力が高まって快癒に向かっている。
それはディードリッヒ自身も身を持って感じている事でもある。
口にした瞬間から、魔力が枯れ尽きていた自身の体に、それが巡り満ちていくのがわかるほどだった。
「何にせよ、かの魔王様の深きお慈悲に感謝を」
ディードリッヒが墜落したのは、翼竜の不調や操縦の落ち度などではなかった。
同じ主に仕える仲間の手により追い回され、挙句に火球の杖まで持ち出されて叩き落とされたのだ。
これまでの仕事に何か不備があったわけでもない。
むしろ与えられる報酬に対して、十分な働きをしていたと自負している。
それが気にくわなかったのだろうか。
それともただの遊びだったのだろうか。
もとより気まぐれで知性の足りぬ主人ではあった。
しかしダークエルフという種族が、何の後ろ盾もなく生活していくというのはとても難しい。
それは魔界でも人間界でも同じことだ。
だが運よくオーガという主人を得られた事で、少なくと魔界ではそれなり程度の稼ぎは得られた。
しかし、それでも足りない理由があった。
ディードリッヒには養っている両親を含め、彼を頼りにせざるを得ない一族の仲間達がいる。
ディードリッヒは風を操る希少スキル、風の精霊手を生まれ持ったが他のダークエルフはそれほどの力は無い。
荒事をしてでも自分が稼がなければ、皆の居場所を守り続けねば、いつか散り散りになり、よくて奴隷として売られてしまうだろう。
ゆえに汚い仕事や、危険な仕事も請け負って尽くしてきた。
だというのに、どんな事情かもわからないまま、醜い笑みを浮かべた同じオーガに仕える顔見知りのオークどもに追い回され、落とされたのだ。
これがオークどもの独断による嫌がらせとは思えない。
主人に殺せと言われたのか、それとも冗談交じりでからかってやれと言われたのか。
だが、もはやどうでもいい事だ。
今までの自分はもう死んだ。
そして新たな主人と、その主人がもたらす極上の果実を手に入れる事ができた。
あの魔力に溢れた実であれば、これまでの伝手を使って売りさばくことができる。
どれほどの高値をつけようとも、いくらでも欲しがる相手のアテもある。
まずは金を稼ぎ、一族の仲間たちを別の場所に移すのが最優先だ。
自分がいなくなれば、あの腕力しか取り柄の無い主人とオークどもが自分の代わりに仲間達を従わせるかもしれないのだ。
いっそ人間界に住居を移す方がいいかもしれない。
金もなく人間界でダークエルフが暮らす事はできないが、逆に金さえあれば人間界では暮らしていける。
「魔王様に内密でこんなことをするというのは不敬ととられるか? いや、そのように思われぬよう、ましてや裏切りなどと疑われぬように、気を張ってお仕えせねば」
自分では裏切りなどと吐くものの、もとより果実の売り上げを持ち逃げしたり、魔王の意に背くことをするつもりは毛頭ない。
魔王と約束した事も必ず成し遂げる覚悟だ。
とは言っても命じられたのは、菓子や酒、家具や日用品の調達という、まるで駆け出し小僧の御用聞きのようなものだったが。
また、金の管理を全てを任せられるという言葉にも驚いた。
これを信用された結果の自由裁量ととるべきかも判断がつかない。
あれだけの果実、価値を知らぬはずがない。
しかし初対面の自分に、それも商人を自称する翼竜で墜落してきた不審極まりない自分に、そんな宝の山をまかせると言うのだから計り知れない。
ちっぽけな自分の判断基準などアテにならなのだ。
側にはべらせていた妖精と一緒に、自分をからかっているのだろうか? そう何度も考えた。
大金を前にした、やせこけたダークエルフがどういう反応をするのか、それを見て遊んでいるのでは? と。
だがそんな事を考えたところで、どうにもならない。
もし愚者のごとく踊る自分を見世物として楽しむというのであれば、自分は笑いものになってでも踊るしかない。
他に一族が生きる伸びる手立てはないのだから。
「いえ……そんな方々には見えませんでしたね」
自嘲した。
今まで生きてきた世界がそうであったから、こういう考え方をするのだと自認する。
ここは違う、きっとあの魔王は違う。
慌てていたように見えたのも、同情するような言葉や表情も。
ような、ではなく、そのものなのだ。
魔王は空から落ちてきた自分に慌て、自分が置かれた境遇に同情したのだ。
だからあんな話を振ってくれたのだ、と。
「本当に……そうなのでしょうか?」
そう信じたいと思っても、これまでのディードリッヒの人生がそれを疑う。
だからもし、そうであっても、そうでなくても。
自分と一族が生き永らえるため、魔王の忠臣として振舞い、何を命じられても、身を粉にして従わねばならなのだ。
それでもあの魔王様が口にした言葉が心に残る。
「困った時はお互い様、でしたか」
そんな心構えで生きていけるような人生ではなかった。
路地裏の浮浪児にそんな事を言えば、いいカモだと思われるだろう。
「強者の驕りか、余裕から来る憐憫か」
だとしても、困窮極まってたディードリッヒの心にはこの言葉がとても心地よかった。
なぜなら。
こんな、何の力もない、貧しいダークエルフである自分に。
あの魔王様は笑顔で手を差し伸べてくれたのだから。
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