第7話『ツッチー、大地に立ってから三年後。難破船(2)』

「けっこう暗いな」

「そうねぇ」


船の中は日の光が届かないため、かなり暗い。


ところどころ破損した場所から日が差し込むものの、少し入り込むともう真っ暗だ。


「アレできる?」

「んー。昨日からゴハン食べてないから、あんまりもたないわよ?」


妖精が両手をあげて、むむむむ、と集中する。


そして。


「光明(ライト)!」

「おおー」


妖精のかかげた両手の上に、テニスボールくらいの大きさの光の玉が浮かび上がる。


これぞ光魔法、ライトである。素晴らしい。


お腹のまんぷく事情によって持続時間が変わってくるため、オレとしてはこの不思議な魔法はいわゆるMPではなく、カロリーを消費しているのではないかと推測している。


いや、テキトーに言ったけどね。そう的外れでもない気はする。


「今日のは特別明るい気がするな」

「うんうん、我ながらいい出来ね」


持続時間はお腹の加減で変わるが、出来の良し悪しは関係ないっぽい。


毎度、出来栄えにムラがあるのだが今回のライトは花丸の完成度だ。


逆に出来が悪いとチカチカと点滅したり、ゴルフボールくらい小さかったりする。


「じゃ、ライトポジションにお願いね」

「りょーかーい」


いつもであればオレの肩に腰をおろす妖精だが、今は頭の上にのっかってもらう。


ライトの魔法はその浮遊位置を詠唱者たる妖精の頭上に保持するので、妖精が移動するとついてくる。


もし肩に妖精が乗ると、だいたいオレの目の横にライトが位置するため、眩しくてたまらない。


灯りを確保し、あらためて船内探検を本格的に開始する。


客船だっただけあって、様々な生活物資が残されていた。


文明の産物に久しぶりに触れられて感動すら覚えた。


「おお、あれは」


状態のいい木製の食器を、近くに転がっていた旅行カバンを拝借して詰め込んでいく。


貴金属の類もあるが……こんな島で価値があるわけもなく、もともと興味も薄いので放置だ。


「これも欲しいな。お、これもありがたい」


タオルというには少々ふんわり感が足りないので手ぬぐいとでもいうべき布ももっていく。


他にもテーブルクロスやらカーテンやらカーペットやら、状態が良くて持ち出せそうなものを手に取っていく。


「しかし、さすがに持ちきれない……」


カバンはけっこう転がっているので、いくらでも持っていけそうだが、そのカバンを一度に持ち出せる数にも限界がある。


必要になればまた来ればいいので、今はさしせまって必要な物だけを探す事にした。


そう、衣類だ。


だがどうにも見つかる服のサイズが小さい。


170センチほどの自分はとりたてて大きい方ではないと思うが、こちらの世界の方々は平均身長が低いのかもしれない。


それでも中には大柄な人の着ていた服があるだろうと、衣装箱っぽいものなどを願うような気持ちで探らせてもらう。


そんな探索中、少しだけ。


……ほんの少しだけ気になる事があった。


船の至る所。


壁、家具、床、などにちらほらと見えるものがある。


しかし。


あえて確認しないし、気にもしない。


だって怖いから。


だというのに。


「ねぇ、ツッチー」

「……んー?」

「これってさ。この色んなところについてる傷みたいなのって、歯形、だよね?」

「……聞いたかー。それ聞いちゃったかー」


内装に使われているタンスやテーブルなどの木々の端々に、歯形のようなものが残されているのだ。


革手袋、革靴といったものも同様に歯形が残されている。中には食いちぎられているものもあった。


さきほどオレのサイズにあう革靴を物色していた時、やけに破損している靴が多いと思ったのだ。


その時はまさか噛んだ跡とは思いもしなかった。


はてはて。


ヤンチャな猫か犬でも飼っていたのかな?


もしくはファンタジーな生き物の歯形かな? 


「で、この歯形ってさ」

「あーあー、聞きたくないー、聞こえないー」

「人間の歯形だよね?」


……そう。


残念ながら、獣のたぐいのような凶暴な歯形ではない。


あきらかに人間の歯形だ。


そしてもう一点、気になっていた事がある。


様々なものが残っているのに……食料だけがまったくない事に。


そこに木々や革製品にまで刻まれた飢えの痕跡。


おそらくこの船は遭難したのだろう。


長い時間、船員なり乗客なりは海の上で、飢えに苦しみ続けたのだ。


結果、木の家具をかじり、革製品を食いちぎり。


よくよく見れば、争ったような跡もあちらこちらにある。


歯形以外にも壁の弾痕や刃物で切り付けられた床など。赤黒い染みもある。


安直な予想をすれば、この船は、遭難し、食料も絶え、やがて争い……。


勝った者も最後は飢え死にしたのだろう。


「……?」


だが他にも疑問が残る。


「ツッチー、どうかしたの? ……あれ、おかしくない?」


妖精もすぐにオレの疑問に気づいたようだ。


「死体、ないわね……」


あるべき死者の姿がないのだ。


謎、というほどのものでもないだろうし、実は思い当たる事もあって、これ以上は考えたくない。


「ツッチー。怖いのはわかるけど、コレ、早い段階で色々と確かめた方がいいわよ?」

「どういう事?」


いや。オレもうっすらとわかっている。


この状況を踏まえて、死体がないというのは……。


「だってあきらかに共食いしてるでしょ? 人間同士で」

「……」


謎のままにしておいてほしかった。


想像はしていたが、言葉にされると悪寒めいたものがこみあげる。


生きる為に必死だったかもしれないが、埒外の者からすれば畜生の領域だ。


「そういう禁忌を犯した存在って、何かのキッカケでまれに堕ちるのよ」

「堕ちる?」

「人間の場合だと……例えば不死を求めた魔術師が、色々な禁忌を犯してリッチっていうガイコツの魔術師になったり」

「ああ、リッチって聞いたことある。なるほど、そういう過程で生まれるのか」

「リッチは自分が望んでなる者がほとんどだけど、望まない悲劇の果てに堕ちてしまう人もいるの」


なんとなくビジュアルがイメージできるクリーチャーの一つ、リッチー。


科学の発展の為に犠牲をいとわないマッドサイエンティスト的なカンジだ。


「で、多分ね。今回の場合だと、食べた側も死んじゃってるだろうから……よくてゾンビ」

「ゾンビか」


物理攻撃とか効きそうなイメージだ。


だからといって得意な相手というわけではない。


魔法攻撃にあてがないので、比較してまだ戦えそう、というだけだ。


できるなら戦いたくないし、お会いしたくもない。


「ゾンビかー……ゾンビって弱い?」


重要なのはこの世界のゾンビは雑魚なのか、それとも噛まれたら即感染の脅威レベルか。


「うん。ゾンビなら動きも遅いし、腐食が進んでいたらまともに動けもしないんだけどね」


雑魚らしい。おめでたい。


「走ったりはしない?」

「するわけないじゃないの。せいぜいはいずりまわるくらいね」

「……オレの知ってるゾンビはしゃべったり走ったり半裸で踊ったりしたよ?」

「はぁ? 冗談も過ぎると笑えないわ」


ま、映画の話だから冗談話だな。


「あれ? よくてゾンビって言った?」

「うん」

「……悪いと? というか最悪だと?」


妖精が少し考えて。


「んー、色々と可能性はあるけど、やっぱりグールかなぁ。死肉漁りとも言うけど。常に飢えてて、血と死肉を求める存在よ。噛まれると病気になったりするし、ひどいと噛まれた場所が腐り落ちるわ。あと別に腐肉漁りなんて言われてるけど腐肉も食べるっていうだけで、生きてる獲物にも食らいついてくるからね」


お決まりの感染系だ。非常にめでたくない。


「……強いんだ?」

「遠距離から魔法で焼くっていうのが常とう手段かなぁ。あとは火矢とか」

「オレ達には、どっちもないね」

「そうね。あと……鼻がいいみたいで、隠れてもすぐ見つかっちゃうって聞いた事があるわ」

「……この狭い船の中でバッタリってけっこうヤバくない?」

「……そうね」


色々と想像してしまい、無言になるオレたちであった。

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