最愛なる小説家への恋文 -R_e: Last_ Love Letter-

市亀

#1 Remember: 2035年の告白

「う~た~はちゃん! う~た~はちゃん!」

 これから会う人の名前を口ずさむ、娘の優希ゆうき

「優希、もう【ちゃん】じゃなくて【さん】にしようぜ……あと敬語、忘れんなよ」

 彼女に突っ込みを入れる、息子の響希ひびき。楽しげな双子の姉とは対照的に、どこか固い表情だ。


「はあ、ひぃに言われたくないもん! 詩葉うたはちゃんは良いって言ってくれるでしょ?」

「詩葉さんは優しいからな! けど大人には丁寧に接さないと……あとオレのことは響希って呼べって」

「めんどい」

「あっそ……」


 相変わらずの言い合いを繰り広げる十歳の子供たち、それぞれの頭に手を置く。

「どっちも合ってるから、ケンカしないの……ちょっとはオトナになったの、見てほしいんでしょ?」

「そう! ねえお母さん、メイク変じゃない?」

「似合ってる似合ってる」

 私の答えに、優希は胸を張る。一方の響希は俯いて……ああ、さては。


「響希、詩葉に会うの緊張して、」

「してないっ!」

 私の質問が終わる前に返ってきた否定、紅い頬……照れが分かりやすいのは、誰に似たんだか。


「詩葉ちゃん可愛いから仕方ないもん――あ、いた!」


 改札を抜けてきた人波の中、こちらを見つけた詩葉が手を振る。

 アラフォーになった今も、出会った十代の頃と変わらずまっすぐに輝く笑顔だ。ときには憎みもした曇りのなさに、また心を救われる。


「こら優希、ここで待って――ああもう」

 私の制止を聞かず、先に駆け出していった優希。

「詩葉ちゃ〜ん!」

 優希を抱きとめながら、詩葉も笑う。

「やっほ~優ちゃん! また一段と美人さんになったね」

「えへへ、もっと褒めて!」


 優希と手をつなぎながら、詩葉はこちらへ歩いてくる。


「響希くんも、久しぶり」

「……お久しぶりです、詩葉さん」

「大人になったね」

「ええ、もう十歳ですから」


 詩葉は響希の頭を撫でてから、私に向き合う。


「ただいま、つむぎ

「おかえり、詩葉」

「お母さん、頑張ってるね」

「……うん。だって、こんなに可愛い子たちだし。

 かずくんが、つないでくれた命だから」


 どんなに形が変わっても、どれだけ時が経っても。

 どんなに悲しい運命の後でも。

 

 ずっと、この命と共に、生き続けている愛がある。



 私が運転する車で目的地へと向かう途中、優希が訊ねる。


「これから行くのって飯田いいださんちだよね? なんで詩葉ちゃんも一緒に?」

「紡と約束があってね。優ちゃんと響希くんが十歳になったら、お話したいことがあったの」


 私が生きている理由そのものである、その物語を。

 この子にもちゃんと、知ってほしかった。戸惑うとしても、傷つくとしても、伝えたかったから。


「お母さんと詩葉が、出会った頃の話だよ」

 詩葉の言葉を継いで、子供たちに目線を合わせる――大丈夫、言える。この子は受け止めてくれる。


 もう、大切な人を疑ったりはしないと決めたから。


「そういえば、お母さんと詩葉さん、大学の頃から一緒に音楽やったとか言ってたけど……住むところ、ずっと違ったよね?」

 響希が言う通り、私と詩葉は同じ場所に住んでいた時期はない。他県からでも詩葉は頻繁に私たちに会いにくる、その本当の理由も子供たちには言っていない。

「そもそも、詩葉ちゃんがお母さんのことツムギって呼んでるのも不思議なんだよね。お母さんは紬実つむみさんなのに」

「優ちゃんも鋭い。君たちのお母さんのもう一つの名前にはね、色んな思い出があるの……君たちが生まれる前に、たくさん、辛いことを越えてきたんだよ」


 これから私たちが語るのは。

 身体に流れる血よりも濃い、心に流れ続けている愛の話だ。

 君たちが生まれるまで、私が今日を選び続けた理由の話だ。


「優希と響希にはまだ、難しい話かもしれない。すぐには受け容れられないかもしれない。

 それでも、私にとって何より大事な、大事な話なの」


 その瞳が憶える涙は。世界が映すどんな曇りすら、流してくれるから。


「どうか最後まで、聞いていてね」

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