殺されたのはフジサワタカヒト
とある警察署。
クーラーがきいた資料庫の一角、数人の刑事達が話をしている。
犯されてしまった罪を文字と数字に変換し、しまい込むこの空間は、いつもどこかほの暗い。壁にも床にも空気にも、澱が染み付いている。
――藤沢貴人(ふじさわたかひと)の件は事故として決着がついているでしょう。なのにまたどうして再調査なんて。遺族から、捜査に対する疑義申し立てがあったんですか?
――いや、どうもそういうわけでもなさそうだ。とりあえず遺族からの訴えは出されていない。それとは別の筋からの横車でな。
――どういう筋です。
――庁の偉いさんのほうだ。それが、もう一度調査してみるようにとな。お達しくだされて。
――……その偉いさんというのは、藤沢貴人の関係者で……?
――いいや。全然違う。そのお偉いさんに調査を頼んだ人間は、もしかしたらそうかもしれないが……詳しいことは分からん。俺達下っ端にはな。とにかく、再調査しろということだ。あの件について。
――勝手なもんですねえ。俺達が最初、もしかしたら事件の可能性もあるかもしれないと言ったときには、鼻も引っ掛けず早く処理しろって言ったくせに。
――まあ、そう言うな。人生いつだって思い通りにはならないものさ。ああ、あったあった。これだったな、あの件の資料は……ぴったり一年前か。
――はい。季節も丁度今頃です。夏の暑い盛りで。
――えー……『藤沢貴人(ふじさわたかひと)は、学友の南川修(なんかわしゅう)並びに高橋靖(たかはしやすし)と共にライブに参加するため海浜を訪れる。ライブ終了後皆で、夜間の海水浴をしていた最中、離岸流にさらわれ死亡。死因は水死。遺体は一週間後に事故が起きた地点より10キロ離れた沖合いで漁業関係者により発見された。』概要はこれでいいな?
――はい。『ライブ終了後皆で、夜間の海水浴をしていた最中、離岸流にさらわれる』という部分については、同行していた学友以外、目撃者が誰一人いない状態でして。
――その学友たちと被害者が揉めていたという証言はなかったんだったな。身辺聞き込みによれば。
――はい。仲がよかったと。でも、どうも……引っかかるんですよね。
――臭いと?
――はい。まあ、『感じ』でしかないんですが……彼らは全部を話していない。そんな気がするんです。もしかしたら間違っているかも。先輩はどう思います?
――そうだな……俺もまあ、似たような感触はした。聞き取りの際。あの小僧ども、どうも何かを隠してる。
――藤沢貴人の死亡に関与していますでしょうか。
――さあてな。そこは、はっきりさせたい。可能なら一年前にそうしたかったんだが。まあ、愚痴はよそう。
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