第11話
厨二病患者(魔道具職人)であるレヴィに対し、徹は禁句を投げてしまった。
「貴女いまなんて言いました?」
「いや、だから俺は厨二病じゃないって…」
「それですよ」
さっきまでのエセ紳士風の物言いから一転、レヴィはゾッとするほど淡々とした口調で指摘をする。
「…厨二病ですか、そうですか。もういいです。さっさと出ていってください」
レヴィは右手を力なく上げ、ウィンドウを操作する。すると、徹たちの前にメッセージが現れた。
【オーナーにより強制退出されます。転送まで3秒】
「えっ、いきなりなんだよお前、そんな自分勝手な」
パシュン!
「どうか、貴女が真に目を覚ます日が来ますよう…」
仮想空間に一人残った彼は、悔しく、名残惜しそうに呟いた。
〜2121/08/27/18:15 場所:シオン入口(オリジン側)〜
パシュン!
「うおっと!ここは…」
「シオンの入り口ですね」
仮想地球【オリジン】は真夏を迎えており、徹たちが出た淡路の山奥は夕陽に照らされていた。まだまだ明るいせいか、入場届の受付には長い行列ができている。
「なんだよあいつ、本当のこと言っただけじゃねえかよ」
「イニゴさん、もし貴方がネカマって言われたらどう思います?」
「ああ?何だお前。俺はネカマじゃねえ、アラトリステの女騎士・イニゴだ」
今まで静かだったニューヘイブンの営業がイニゴに反応した。
「それと同じことですよ。さて、ようやく私の番ですね」
彼はそういってウィンドウを操作した。すると、徹たちのウィンドウに、名刺が表示される。
「私、ニューヘイブンのダニエルといいます。とりあえずこちらを」
ガシャン!
ウィンドウを操作し、彼は巨大なブロードソードらしきものを出現させた。刃の中心がやけに膨らみ、柄のつけ根にはトリガーのようなものが見える。
「うちの新商品、【マガフ】です!」
「デカッ!」
「大きいですねぇ、これはブロードソードでしょうか」
「ええ、その通りです。しかし只の大剣ではないですよ」
そう言うと彼は剣を構え、柄の付け根にあるトリガーのような物を引いた。
バゴォン!
轟音と共に刃の中心の膨らみが一瞬で真っ赤に染まり、刃がブルブルと振動する。あまりの轟音に、シオンの受付に並んでいた人たちが一斉にこちらを向く。
「うわっ!いきなり何すんだダニエル!」
「ヒィッ!」
「るせぇ!」
謎の轟音のこだまが止むと、赤熱した剣はすぐ元の色に戻り、振動もおさまった。
「感じましたか?今の魂揺さぶる火薬の咆哮を!」
ダニエルの言葉に、周囲の見物人たちの中から同意する声が上がる。大方、火薬マニアのイェフディ達だろう。
「装薬マシマシのカートリッジを使ってるんですよ」
「は、はぁ…でもそれだとシオンの中じゃあ、弾切れになるな」
「そう、そこですよ。私はその問題を解決したんです!さあ、シオンの中へ」
「おい待て。ちゃんと入場届を…って聞いてんのか!」
隣で引き止める受付をスルーし、ダニエルは足早にシオンに入る。彼の大剣に熱い視線を注いでいた観客たちも、受付を無視してぞろぞろと後を追いかける。
「おいテメェら!どうなるか分かってんだろうな!」
ワイワイと大衆たちがシオンになだれ込み、一瞬にしてゲート前から人が居なくなった。
「ミリアムさん、私達も行きましょうか」
「そうだな……なあ受付の人、俺は二見徹だ。何時間か前に届を出したんだが、それ通りに処理しといてくれないか」
念の為に受付に声をかけ、シオンに入っていく。その時、
「了解だぜ、ミリアムちゃん。次の配信も楽しみにしてるからな」
思わず振り返ると、強面の男がニヤニヤとこちらを見ていた。
〜2121/08/27/18:27 場所:シオン入口(シオン側)〜
「これだけ隠れたユーザーが居たとは知りませんでしたよ」
「アンタのとこの銃でいつも勝たせてもらってるぜ」
「NH-M10は俺の右腕やで〜」
「ああ、10年式の少し古いモデルですね。先輩の最高傑作ですよ。
あっ、ミリアムさん!こっちです!」
シオンに入ると、少し離れたところでダニエルが観客たちと話をしていた。やはり観客たちはイェフディだったようだ。シオンでは銃火器の運用が難しいせいか、剣、槍、斧や弓などの火薬を使わない武器を装備している。
意地でも銃を使おうという輩がいるかと徹は思っていたが、やはり補給ができないというのは無視できないハンデだったようだ。
「観衆のみんなは、やっぱり同胞だったようだな。ということは……」
「さっきの配信、見させてもらったぜ?徹くんよぉ」
彼らの中から声が上がった。当然だろう、【ミリアム】というプレイヤーはファンも多ければアンチも多い、有名キャラだったのだから。
「それはどうも。ご視聴ありがとうございます」
「…よろしいでしょうか?みなさん」
「ああ、えーっと…弾切れをなんとかするんだっけか?」
「そうです。ではご注目」
ダニエルはパンパンと手を叩いて注目を集めた。そして彼はおもむろに右手を上げ、目を閉じる。
「Reload(リロード)!」
突然叫んだかと思うと、右手の上に大きな弾薬らしきものがガチャガチャと出現した。
らしきもの、と付けるのは、その形が弾ではないからである。普通の弾薬は先頭に向かって細くなっている部分があるが、出現したそれにはその部分が見当たらない。
まさにカートリッジというべき見た目をしているのである。
「…NFAで出した弾を使うのが解決策だってのか?」
「まあまあ、見ててくださいよ」
床に寝かせていたマガフを持ち上げ、トリガーの下にあるボタンを押し込み、トリガーを引いた。すると、刃の中心の膨らみがガチャンと開いた。
「ここがマガジンです。NFAで出現させた弾薬は暴発しやすい、まっすぐ飛ばない、といいます。
なら、飛ばさない弾薬なら大丈夫なわけです」
いつの間にか装填を終えたダニエルは、柄についているボタンを押した。ガチャンとコッキングらしき音が鳴る。薬室に初弾が入ったようだ。
「さて、全弾6発の装填が終わりました。試射の為になにか標的があると良いのですが…」
徹は右手に持っていた天沼矛を思い出し、あることが頭に浮かぶ。
「あ、俺がなにか出現させてみようか?」
「といいますと?」
「何か試し切りのために、NFAで敵を出現させようかって思ったんだが」
「…可能なら、是非ともお願いします」
徹の言葉にあたりがザワザワと湧く。NFAを使った魔法で生き物を出現させるのは、かなり難しい試みであり、相当な適正・センスを持っていることの証なのである。
「そんなことできるんですか、ミリアムさん!?」
「あ、いや、やったことは無いんだけどさ。コイツがあればできるかな、ってね」
そういって天沼矛を見えるように掲げる。本当はアルテミスさえあれば、どんな魔法でも自由自在に繰り出せると徹は分かっているのだが。
(アルテミスの素性を明かすのはまずいからな…)
「ほらほら、お前らどいてくれ」
確保されたスペースに立ち、徹は矛を構えた。イメージするのは、試し切りと聞いてぱっと思い浮かんだゴーレム。高さ3mくらいの石でできたモンスターである。
「土より生まれ出よ、ゴーレム!」
ゴゴゴゴという地響きと共に、大きな化け物が目の前に現れた。イメージ通りだ。
「フハハッ!ガチでやったよコイツ」
「配信で見たとおりだったんだな…」
「チートだよコレぇ!」
「サモナー系アイドルなんてずるいぞ!失望しました、ミリアムちゃんのファンになります!」
(あ、できた。しかも操作できるっぽいなコレ)
徹は頭の中に、回線のようなものを感じ取った。徹はラジコン感覚で、正座をするように命じてみる。
「正座!」
ズズンと地面を揺らしながら、ゴーレムは命令どおりに正座をする。どう見ても異様な光景である。
「ミ、ミリアムさん?使役までできるんですか?」
「う〜ん、なんか出来るような気がしたからなぁ…そんで、出来たわけだ。ほい、立ってヨシ!」
徹の命令でゴーレムが立ち上がった。心なしか足がツラそうだ。
「よし!お前には、デカイ剣を持っているこの男と戦ってもらう。手加減はいらないぞ、俺が始めといったら開始だ!」
「えっ、手加減させて下さいよ!僕はこれ使いこなせるわけじゃないんですよ!?うちは元々銃専門なんですから!」
徹の言葉に顔を青くしたダニエルが異議を唱えてきた。彼はあくまでもマガフの宣伝係、というようだ。
「使いこなせないような物を押し付けようとしたのかお前?」
「え、いや、その…」
「…ハァ、じゃあ俺がやるわ。聞いとくが、カートリッジはほんとに暴発しないんだな?」
「はい、もちろんです…それさえ見せられたらと思ってたんですがね」
ディアスポラを始めた頃、つまり中2プレイをしていた頃の【ミリアム】は、色んな武器に手を出していたのである。その中には高周波ブレードやパワードスーツなどの近接装備もあり、近距離の戦闘経験も積んでいるのだ。
「トリガーを引いて発破、下のボタンで装填、ボタンを押しながらトリガーでマガジン開放、だな?」
「ええ、そうです。しっかり見ていただけた様ですね。ささ、どうぞマガフをお持ちください」
「ティル、この矛持っててくれ」
徹は天沼矛をティルに預け、ダニエルからマガフを受け取る。思ったほど重くはないが、振り回すとなると響いてくる重量感だ。
「すこ〜し重たいかな?」
「すごく軽々と持ってますね…僕は片手じゃ持ち上げられないです」
「え、これそんなに重くないような…あっ」
今の徹はミリアムに変身しているため、ディアスポラ内でのスキル・ステータス等による補正がかかった身体になっている。
アナナキが鍛え上げた【ミリアム】というキャラは、スキルやパラメータ補正てんこ盛りであり、常にパワードスーツ並の力を出せるのだ。
マガフのような鉄の塊も、片手で持ち上げるくらいは出来るのである。
(バレたらすこーし面倒かもなぁ…パワーアームつけて適当にごまかそうか)
「どうしました?」
「普段の衣装のが似合いそうだな。パワーアームも使えるし」
目を閉じて、迷彩服を着たいつものミリアムを思い浮かべ、脳内で自分に重ねる。肌触りがフッと変わり、右腕に何かがかぶさる感覚が生まれる。
そして目を開けると、バトルグラスのレンズが目に入ってきた。
『バトルグラス起動。お帰りなさい、ミリアム様』
「さて、これでマシになったかな?」
左手は添えず、右手だけでマガフを振り回してみる。ウィンウィンと音を鳴らし、パワーアームが駆動する。
「それ!ソイヤ!おら!よしよし、かなり快適になったぞ」
「そうやって片手で振り回す人なんて初めてみましたよ……」
ブンブンとマガフを右手で振り回す徹に、おかしいモノを見る視線が注がれる。徹はそれに気付いている様子はなく、次はカートリッジだな、とトリガーに指をかけた。
「発射ァ!」
バゴォン!
トリガーを引いた刹那、マガフの刃は一瞬にして赤熱し、振動を始める。荒々しい震えは手にも伝わり、腹の底を揺らす程だ。
1秒ほどで振動は収まり、刃の色も戻った。この機能は、敵を斬りつける瞬間に使うことを想定している様だ。
「なるほど、いい振動だ。魔法製カートリッジもちゃんと機能するみたいだな。」
「でしょう?これで弾切れとはおさらばですよ。」
「よし…試し斬りと行こうか。ゴーレム、かかってこい!」
「ちゃんとコッキングしないと駄目ですよ?」
「おっと、忘れてたな」
ダッダッダッとゴーレムが徹に向かって走る音に混じり、ガチャンと言う音が微かに響く。ニヤリとやんちゃな笑みを浮かべ、徹もゴーレムに向かって駆け出した。
「投げ物じゃない純粋な火薬は久々だ。精々楽しませてくれよ、マガフ」
走り来る徹の頭上を、唸り声とゴーレムの腕が襲う。
「おっとぉ…」
徹はギリギリで右に飛び、腕の影から抜け出す。
ズシャアン!
石の腕が地面を叩きつけ、破片と砂埃を撒き散らした。モワモワと舞う砂埃により、ゴーレムの視界から徹が消える。
ゴーレムは頭部を忙しなく動かし、潰したはずの徹を探す。その視野の外、ゴーレムの足元に、砂煙の中で鈍く何かが反射した。
「こっちだぞノロマ!」
両手でガッチリと柄を握り、ゴーレムの左足目掛けて水平に振った。そして刃が触れる直前、
「レンガにしてやるよ!」
バゴォン!
過熱と超振動により、マガフはその石塊をいとも容易く裁断した。そのせいか、断面はキレイでまだズレていない。
少し間を置いて、グォォというゴーレムの叫びが頭上から降ってきた。
(すげぇぞ!これ、ディアスポラでガチ運用できるレベルだ…って、次だ次)
一瞬だけその切れ味に見とれていたが、すぐに気を取り直してガチャンとコッキングする。
「ほらどうした?もっと攻めてくれないとテストにならないだろ?」
徹はゴーレムから少し距離をおいて煽る。それに食いつき、ゴーレムは体を前に傾けて近づこうとする。しかし左足の先は切られており、傾けた体はそのままズズンと倒れた。
倒れたゴーレムがうつ伏せの頭を上げる。そこにはマガフを振りかざした徹の姿があった。
「テスト相手お疲れさん」
徹はその石頭目掛けてマガフを振り下ろした。
バゴォン!
〜2121/08/27/18:40 場所:シオン入口(オリジン側)〜
テストが終わり、徹たちはオリジンに戻ってきた。
「このカートリッジのサイズもちゃんと頭に入れといてくださいね」
そういってダニエルはカートリッジを出現させ、徹に手渡す。見た目は弾薬、というより筒という表現が正しい。手のひらにちょうど収まるくらいの円柱型だ。
「ああ、分かった」
そのとき、ピコンと受信音がなった。シオンにはエレツの管理が及ばないため、シオンから出ないと通知などが届かないのだ。
「えーっと、アナナキからメッセージ50件!?そういえば…!」
そう、イニゴを連れて行くと言ってそれきりだったのである。
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