暗冬輝花 / 血染めのスノードロップ

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エピソード【暗冬輝花】【血染めのスノードロップ】のプロット・断片

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 エルラとユーレアツィヴティケネテスの戦い。

 激闘。

 ユーレアツィヴティケネテスの原理は「進撃」。

 エルラがどれだけ彼を攻め、彼に傷を負わせようとも、ユーレアツィヴティケネテスが膝を突くことはなく――。

 エルラも、何度、致命傷を負おうと立ち上がる。

 膠着、泥濘の戦い。


 その末、エルラはユーレアツィヴティケネテスを倒す。

 立ったまま、息絶えるユーレアツィヴティケネテス。その腹には〈リリ〉が突き刺さり、その手には砕かれた剣槍の柄が握られたまま。最後の一撃を受けた瞬間に時が止まったかのような死に様。

 祝福するサリクス。複雑な心境のエルラ。


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 広間に拍手の音が響く。

「おめでとう、エルラ。キミを凌辱した魔族は死にました」

「わたしはあなたのお父さんを八つ当たりで殺したの。なんでそんな平気なの?」

「何故って、わたしもお父様も、はじめからそのつもりで覚悟していたからですよ。キミに協力していたのはお父様の言いつけですし」

「サリュはわたしを殺さないの? 憎くないの?」

「別に。はじめは自分の父親がわたしよりも年下の女の子に年甲斐もなく張り切るなんて馬鹿らしい、とんでもないクソ女に引っかかったと思っていました。ですけど、わたしもキミのことは好きですし、そうじゃなくてもキミは必要。まぁ、キミがクソ女だってことには変わりないですが」

 サリクスは笑ってみせる。その表情に寂しさのようなものが、隠しきれずに漏れ出ている。

「キミこそ、わたしを殺さないんですか?」

「……あなたを生かしたい理由のほうが多いから」


――

 エルラは、サリクスと数言交わし、ユーレアツィヴティケネテスに刺さったままの〈リリ〉へ手を延ばす。異変に気がつき、手を止める。リリが燐光を発し、何やら言葉を紡いでいる。

 リリの詠唱で、その目に再び光を宿すユーレアツィヴティケネテス。

 ユーレアツィヴティケネテスに、優しくも蠱惑的な声で語りかけるリリ。


 様子のおかしいリリのことを「殿下」と呼ぶユーレアツィヴティケネテス。

 ユーレアが殿下と呼ぶような相手――、サリクスには思い当たる人物がいた。

 クルツェヴィルク王家、継承順位三位アンナリーゼ。


 暗殺されたはずのアンナリーゼは、エルラとリリを産んだ。そして、リリに乗り移り、生き長らえていた。

 突然の告白に、混乱するエルラ。

 アンナリーゼは続けて、サリクスの本名は「アンネリーゼ」で、彼女の母親は自分だとも言う。

 さらに、エルラに追い打ちをかけるように、村人たちをマモノに変えたのはエルラの力でもある、と告げる。


 絶望するエルラ。

 怒りを露わにするサリクス。


――

 サリクスは、ユーレアツィヴティケネテスとアンナリーゼに単身挑む。

 しかし、エルラを巻き添えにすることを恐れて、力を出せずに苦戦を強いられる。

 意を決して放った、身を削る「原理術」も、〈リリ〉によって無力化されてしまう。

 再生の追いつかないほどの傷を負うサリクス。それでも立ち向かう。


――

 エルラへ語りかけるアンナリーゼ。

 エルラのことを自身の理想だと言う。自分の代わりに世界を壊してほしいと。サリクスと二人で「王」になるにふさわしい、と。

 当然、取り合わないエルラ。

 しかし、「あなたが立ち上がらなければ、サリクスは死ぬ。あなたにとっての最後の家族、姉まで死んでしまうことになる」と告げられ、サリクスを助けるため再起する。


 覚醒するエルラ。自身の原理が「支配」であることを自覚する。

 重傷のサリクスの心臓を抉り、貪るエルラ。続けて、自分の血肉をサリクスへ分け与える。

 契約。これによって、不完全だった「力の共有」が、完全なものになった。


 エルラとサリクスは手を取り合い、ユーレアツィヴティケネテスとアンナリーゼと向かい合う。

 エルラは自身の中の他者の残滓を集め、一振りの剣を創造する。

 細かい粒子が集まってできた、いまにも崩れそうな白い刃。さながら塩の剣。

 振り絞る一撃は、〈リリ〉を破壊し、ユーレアツィヴティケネテスの首を刎ねる。




――

断片

「《危険に取り囲まれ、日々、生を闘い取らなければならないような、そういう者たちこそ、自由と生活とを享受するべきなのだ》」

 リリが詠い出す。

「あれ? リリ?」

『《――そういう人の群れを見、生きたいのだ。自由な土地と、自由な民と共に》』

「え? チッ、エルラ! 今すぐソレから離れて!」


『ああ、愛しのユーレア。まだ還るには早いわ。あなたの歩みはこのくらいでは止まらないでしょう?』

「殿下……」

『さあ、わたしたちの子供たちに最後の試練を与えるときよ』


「嘘……。アンナリーゼ、死んだはずじゃ」

『ええ。前のわたしは死んだわ。リリを産んだときにね』

「どういう、こと?」

『いいよ、お姉ちゃん、いい顔だよ』リリの声音。

「そういうことですか」

『さすが、アンネリーゼ』

「その名で呼ぶのはやめろ」嫌悪感を露わにするサリクス。

「え? リリがお母さんで、お母さんはアンナリーゼ……。でもアンナリーゼは暗殺されたって」

「継承戦争で暗殺されたのはゾフィーのほうで、アンナリーゼは生き延び、二人の子供を産んだ。ここまではわたしも知っていましたが。二人目の子供に乗り移っていたとは」

『それだけではないわ、アンネリーゼ』

「それだけじゃない……? まさか――、それ以上は言わないで」

『――あなたの母親はゾフィーではなく、わたし』

「え……それって――」エルラ、サリクスとユーレアとを交互に見る。

『そう、サリクスはあなたの種違いの姉よ。あなたたち姉妹同士で、ふふ。さすがわたしの娘たちね』

「このクソアバズレめ。さぞ気持ちいいんでしょうね、人を弄ぶのが……ぶっ殺してやる」

『お口が乱暴よ、サリクスお姉ちゃん。エルラも困っているでしょう?』

「どう、いう、こと?」

「わたしとキミの母親は、とんでもないクソ女だったってことです」

『そう。血は争えない』

「よくもまあ、いけしゃあしゃあと」

「えっ、え?」「……ずっとわたしを騙していた、ってこと?」


『少し教えてあげましょう』朗々と言う。『人間をマモノに変える術は高度で難しい。でも、エルラ、あなたの力があれば、工程と条件を省くことができた。村人の多くは、あなたと長く触れていたことで素地が出来上がっていた。あなたの魔力に酔った村人たちは、少しの刺激で人間を逸脱する状態にあったの。わたしとマルレーナが蒔いた種は、あなたの日々の仕事の中で、たくさんの水と栄養を与えられ続けてきた。あとは時期が来たら、合図を送るだけ。それで芽が出る』

「わたしの、せい? わたしのせいでみんなが……」

『いいえ、違うわ。あの人たちはみんな望んでそうしたの』

「――――」

 声にならない音が口から零れる。顔を覆い、項垂れるエルラ。


 リリ、もといアンナリーゼが詠う。

『《私の地上での日々の痕跡は永遠に消えることはないだろう》」

 声に喜びの色が混じっていく。

『真なる純潔は泥の中でこそ花開き実を結ぶ。そしてそれは決して朽ちることはないの。エルラは、わたしの理想』


『《そういう無上の幸福を夢見て、いま、この最高の刹那(とき)を浴びるのだ――》』


『さあ、ユーレア――共に往きましょう』

 ユーレアツィヴティケネテスは腹に刺さった〈リリ〉を引き抜き、構える。

 それをサリクスは苦い表情で見据えた。

「もういい、わかった……。わたしが終わらせてやる。エルラにはやらせない」


 ――、

 果敢に戦うサリクスだったが、術式を破壊する能力を持つ〈リリ〉相手には苦戦を強いられる。致命傷こそ避けていたが、満身創痍。


『世界そのものに剣を向けるの。とても馬鹿馬鹿しくて素晴らしいとは思わない。普通は無理だって思うでしょう? でも、それを可能にするものがある。「世界をそのように変える力」』

「神話を現実と混同するな」苛立ちを隠さないサリクス。

『そうかしら。神話は実際に起こったことよ。語り継がれる中で脚色されているといえばそうだけれど。少なくとも太陽と月、そして火の神にまつわる聖伝よりはずっと正しい歴史だわ。それを証明するものがクルツェヴィルクの地下に眠っているわ。この世界の仕組みを形作る神秘の一つ、「黒の石棺」が。王家にのみ伝わる秘密よ。いまはもうわたししか知る者のいない、ね。あなたたちにはそれを継ぐ権利がある』


 傷が塞がったサリクスは再び、立ち向かう。

 弾き飛ばされ、宙を舞い、壁に激突。床を転がる。手足はあらぬ方向へ折れ曲がり、肋骨は肺へ突き刺さっている。

 ユーレアツィヴティケネテスの術によって生み出された氷霜がサリクスを噛む。血が凍っていく。吐き出した血が唇に張りつく。全身を、刺すような痛みと灼熱感が支配する。


 動けないサリクスを置き、アンナリーゼはエルラへ語りかける。

『あなたの中で燃え続ける、決して消えることのない怒りと虚無の炎。わたしたちがあなたへ灯したソレを使いなさい。あなたの敵を滅ぼし、屈服させなさい。あなたにはそれができる。あなたが為すべき善。あなたとアンネリーゼ、いえサリクスは王となるべき人なの』

『あなたは継ぎたくはないでしょうけど、魔王の術式は受け継がれなければならないの。わたしだってわたしの代で捨てられるのであれば捨ててしまいたかったわ。でも、血継には意味がある。魔族という忌まわしい種にも――』

『あなたでなければならないの。かといって、他の一族なんてもっての外だったから、みんな殺したわ。わたしも継ぐにふさわしい人間ではなかったけど、自分のあずかり知らぬところで力が振るわれるよりはマシだわ』


『さあ、立ちなさいエルラ。でないとあなたのお姉ちゃんは死んでしまうわ、ふふ』

「ダメ、エルラ。そいつの言うことを聞いては――」

「ごめんね、サリュ。わたしにはもう、あなたしかいないから」

 ふらふらと、サリクスの元へ歩むエルラ。

『それでいいわ、エルラ』


『いつかあなたはこの世の理を知ることになるわ。あなたは灼熱と零下が支配する砂漠の中でも咲き続ける花よ。そして、この世界の仕組みを燃やし尽くす炎でもある。果てを望む者、すべてが灰と消えるその景色を目にする者』


「サリュ、あなたの全部を頂戴。わたしの全部をあなたにあげるから」



――

【エピローグ】

 戦いに勝ったものの、妹が自分に嘘を吐き続けてきたことと、妹を殺してしまったことにショックを受けるエルラ。

 サリクスに自分を殺してくれと懇願するが、拒否される。

「死にたいのなら、ご自分でどうぞ」

「いじわる…………じゃあ、ずっと一緒にいて」

 抱き合う二人。親族の嘘と死を見たという点では共通している。


――

 ウルグスへ戻るエルラとサリクス。

 サリクスは、アザリエとクララから愛の告白を受ける。保留にするサリクス。


 エルラは、フリードリヒとサリクスに〈リリ〉の残骸から新たな剣を作ること依頼する。

 出来上がった剣は、白銀の刃、スノードロップのエングレーブ。剣身に彫られた「尽雪」を意味する古い言葉。特殊な機能は持たないものの、上等な両手剣。


――

 狩人を続けることを選ぶエルラ。

 春の終わり、エルラとサリクスの「狩り」が始まろうとしていた。


【血染めのスノードロップ編、了】

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