第18話

 時刻は18:40を回った。紫苑と渡辺さんはそれぞれ楽器の用意に向かった。紫苑はベースアンプを自前で持っていたから問題なさそうだ。一方で、ドラムセットというのはすぐに用意ができるものなのだろうか。


 若林さんはすっかりリハーサルを終え、ステージから遠い席を陣取り、応援に来た他の部員たちと談笑している。


 客の入りは上々だった。立地柄から学生だけだと思っていたが、スーツ姿の二人組やご年配のグループもあった。私は一人で、アウェー感を覚えながら二人を待った。祥ちゃんと愛ちゃんを誘えばよかった――と後悔したが、どこか気恥ずかしさがあり、このバンドのことは話していなかった。開演は19時からで、先に若林さんから演奏してもらうことになったが、リハーサルをする時間はなさそうだった――不安だけが募る。


[PlayList No.18 My Funny Valentine](https://www.youtube.com/watch?v=w6t2SnKJgqg&list=PLf_zekypDG5rmEze1PbqCh3dDwop0KTCo&index=18)


 19時直前に紫苑が戻ってきて、すでにステージに立っていた若林さんたちを押しのけ、アンプをつなぎ、ボリュームを調整してから、こちらの席に戻ってきた。


 店のBGMが止まり、若林さんたちの演奏が始まる。――渡辺さんはまだ戻ってこない。


 サックスとピアノのデュオ演奏。映画音楽やアニメソングを中心とした選曲だ。ピアノは伴奏に徹し、サックスがメロディを奏でる。少しメロディをフェイクしつつ、アドリブ風のソロもあった。客受けは良いだろう。若林さんのテナーは上手だったが、それを支えるピアノの方がレベルが高かった。


 ただ、全く好きになれない演奏だった。どこかで聞いた音楽を『てにをは』を変えて、自分のものだと主張しているだけだった。彼らでなくても成立する音楽であろう。


 4曲ほど演奏したあとで、若林さんがマイクを握る。


「ありがとう。本日は演奏の機会をくれた『マカロニ・キャビン』の皆さんに感謝を伝えたい」


 大げさな身振りで拍手を求めた。


 「この素晴らしい会場でもっと演奏をしたいが、本日はもう一組のバンドが控えている。ジャズの枠を越えようとして、ジャズ研を卒業していった人たちのバンドだから、みんな期待してほしい。今日は本当にありがとう!」


 こちらもまた大げさだった。会場が拍手に包まれる中で「期待していいよ」と、紫苑が呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る