第3楽章
第15話
ライブ本番へ向けての練習は佳境を迎えてきた。ほぼ毎日の練習で仕上がってきている――とは思う。
渡辺さんのドラムは演奏に安心感を与えてくれた。ドラムというものはおおきな音でドガドガやる印象があったが、彼のドラムはひたすらに優しい。生来から備えている優しさがにじみ出る音だ。失礼にあたるが『まさに見た目と違って』である。テンポキープは一定を保ち、フィルインにおけるスネアのロールもきめが細かい。おそらく吹奏楽のパーカッション出身ではないかと思っている。
一方の紫苑のベースは自由気ままさをました。暴力的で外に発散させるときもあれば、深く自分を見つめるような内省的なときもある。あれこれ悩んでいるようなときもある。私なんかはもう十分だとは思うときに、曲ごとに大幅な方針変更が入る。――彼の目指しているものがわからない。
本日の練習は20時を過ぎた。二人にも疲労の色が見える。私も疲れた。
ブツブツと言いながら、頭を抱える紫苑を見かねて、渡辺さんが切り出してくれた。
「もう、今日はここまでにしよう――お腹も空いただろう。どうだい、親睦を深めるためにも飯でも食いに行かないか?」
それいいですね――とポンッと手を打つ。
「僕は行かない」本日の紫苑は面倒くさい日だった。「二人で飲めば?」
「もちろん俺は飲むよ」
――飲み会、か。
***
嫌がる紫苑を連れて、大学前の通りにある学生向けの居酒屋に入った。そこには、酔っ払った学生たちがすでに盛り上がっていた。ちょうど席が空いたということで、4名が入るボックス席に案内された。
まず奥に渡辺さんが座り、手前に紫苑が入る。はて、どちらに座ろうかと一瞬躊躇したあとに、なんとなく紫苑の隣に座る――本当になんとなくだ。
「なんか食べられないものある?」と確認したあとに、渡辺さんはテキパキと注文してくれた。こういった経験が多いのだろう。そんな彼を大人なんだなと改めて感じた。
お通しと、皿からはみ出しそうなホッケの焼きに、いろいろな種類の焼鳥の盛り合わせに、温玉乗せサラダ。渡辺さんの前には大ジョッキのビール、紫苑の前には烏龍茶、そして私の前には――ノンアルコールのカクテルが並んだ。
「飲めばいいのに」と渡辺さん。
私は「未成年なので」と、目の前の料理の匂いに負けないように、ぐっと我慢する。隣の紫苑は「帰ってから練習できなくなるから」とブツブツ言っている。
「まあいいや。オレのバンドの門出を祝って――乾杯!」
「僕のバンドだから!」と今日一番に大きな紫苑の声が聞けた。
***
[PlayList No.15 Seven Steps to Heaven](https://www.youtube.com/watch?v=msW13gUZRVk&list=PLf_zekypDG5rmEze1PbqCh3dDwop0KTCo&index=15)
思った以上に盛り上がった。顔を真赤にした渡辺さんが私達に話を振りながら進む。音楽談義に華が咲く。なんだかんだ言っていた紫苑もビールをどんどんと口に運んでいた。
気がつくと、私達の前には空のグラスが並んでいた。私の前にも、ノンアルコールカクテルに似つかわしくない大口のグラスがあいていた。バンドの懇親を深める会であるから――まあ今日くらいはと、自分に言い聞かせる。
「明後日のライブって他に誰が出るの?」渡辺さんから質問がでた。本番は明後日だ。
「基本的にはジャズ研が店側に話を通しているからわからない。多分だけど若林さんが出るんじゃないかな」
「げっやっぱりあいつが出るのかよ」
はて、どちら様でしょう?
「俺の一個上で、ジャズ研の部長。あれ、もう引退したんだっけ?」
「まだ健在。バリバリ顔を出しているみたい」
渡辺さんは大学の3回生だから、4回生ということだ。就職活動では?
「その上大学院に進むみたいだから、しばらく影響を与えるんじゃない。院生が院政。なんてね」
ケラケラと紫苑が笑う。すっかり上機嫌になったようだ――酒の力は偉大だ。
「お二人はジャズ研で知り合ったんですか?」
「そう。そのジャズ研の雰囲気――というか、その若林ってやつと反りがあわなくてね。なんというか、王国を作っていると言うか、インチキを全身にまといながら、そこに疑問をもたない若者を囲ってるタイプ。それが嫌で去年独立して、今のサークルを作った。紫苑は残ったみたいだけど」
「籍だけ置いてある感じ。あの部室は夜の練習にはもってこいだから」
「それで――」私の方も聞いてみる。「その若林さんは上手なんですか?」
「大したことない」紫苑が断言した。
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